こんな事を書くと女性を敵に回すことになるのだろうか…?
女性は常に自分は個性的でありたいと熱望し、そのための努力を惜しまない。ところが本当はとても個性的であるのに、わざわざその個性を嫌って、平凡に埋没しようとするところもある。例えばストレートパーマなんかでよく見かける。元々の髪型の方が余程個性的で格好がいいのに、わざわざ不自然なストレートヘアーにする。気の毒になる。いや、中には酷い縮毛で悩んでいる人も居るんだから…!と外野から声が掛かってきそうだが、それは極端な例だ。
さて、個性。個性的である為に服やアクセサリーにこだわる。『これ今年の流行!』ん?流行?それ個性的じゃないやん?日本人は出る杭も引っ込む杭も嫌うのだろうか。こういう心理が色々なところで見受けられる。ファッション、車、プロ野球…もう区別がつかない。
そして、哀しい事に、学校もそうである。絶対に他と違うことをしない。
入試が終わったら春の宿題を課し、入学後テストをし、(勉強)合宿で仲間に慣れ……(^_^;)
先生もあちこちの私立学校を転々としている。多角的な受験のサポートといえば聞こえがよいが、中味が伴っていなかったりする。
若い女性が個性に憧れ流行の服を追い求めているうちはまだ微笑ましいが、教育となると笑っては居られない。
個性ある学校教育をほんとに望むなら今のままでは決して良いはずはない。
大阪市長が気炎を上げている。なかなか公立は良くならない。が、では私立はどうなんだ…と見渡したとき本当に魅力のある私学はごく少ないことに愕然とする。
この間、何かの記事にFacebookについてのアンケートが取り上げられていた。
利用者のうちのかなりの割合の人が、Facebook本来の狙いとする実名性と関連性について鬱陶しく感じているというのである。そんなこと、やる前からわかりきったことではないか。
知らない時はばら色に見えた物でも、いざ自分も手に入れたり、その環境に入ったりするとげんなりすることがよくあるものだ。
まぁ、それにつけてもスマホの売れていることよ。そしてスマホとガラケーの2台持ち。世の中絶対に不況なんかではない。家に電話があり、かつパソコンもあり、光電話で安く通話できる。でも子どもの友達はケータイにかけてくる。塾でもあった。クマ電話貸して。はいはい、いいよ。見ているとケータイに掛けている。お母さん外出してるの?ううん、家やで。
もうあかん、日本は。。。
よちよち歩きの子どもが歩道で転んだ。傍にいた親は電話している。余程重要な、人生を左右しかねない電話なのだろう。面倒くさそうに子どもを片手で起こした。
どこが子は国の宝や!
アキバで無差別殺人をした馬鹿な男がいた。ネットの世界で阻害され孤独だったとほざきやがった。
そのうち、繋がりが鬱陶しくて…とか行って、Facebook殺人事件とか、Twitter殺人事件なんてのが起こらないか真剣に心配してあげる。
未来ある若者よ。ばか者になりたくなかったら、電話も掛けられる携帯ゲーム端末機(=スマホ)なんて持つんじゃないよ。一度持ったことのあるおっちゃんが言うんだから、間違いない。
どの事故(?)が発端だろうか? 最近、子どもの列に車が突っ込むという事故が連続している。 交通事情によっては集団登下校の方が却って危ないというような場所もあるんだろうが、それにしても何故こうも類似の事故が続くのか?ほんとに事故なのか?と訝ってしまう。
これは事故だと断定しておいて言うのだが、世間で起こった事件が報道される。すると何故か似たようなことがまたどこかで直後に起こる。連鎖反応なのか、真似をしたかったのか?
ふと思い出したのが、(両)親が車の中にわが子を置いてパチンコに興じ、店から出てきたら子どもが死んでいたという事件。普通、逆ではないか。そうか、うっかり車中に残したらそんなに大変なことになるんだ…と、学習する。ところが最近はそれが連鎖の方に走る。
子どもの列に車が突っ込む…。せめて、事件ではなく、事故であることを祈る。