北の湖
2008-09-08
相撲は日本の国技である。男を売る格闘技である。
土俵には知事さんでも土俵に上げない、厳粛な相撲だった。
神風ニッポンの象徴。
神に奉納するという建前の相撲。
しかし、日本人の常か。
初め良よくても、段々形式だけになり、あとは腐ってゆく。
時泰山がリンチで『殺された』事件の時、理事長・北の湖は『親方の責任』と自らの責任を回避した。
大麻の抜き打ち検査でクロ。精密もクロ。
いくら罰則がないと言っても大麻だ。現に一人クビになっている。
また二人でた。でもやってないという。検査が信用できないおいう。
己の所属する協会がやった検査だ。
しかも、一人は北の湖部屋だ。
今度はどうやって回避するんだろうか。後学の為に見ておこうと思う。
ところで、『北の湖部屋』という看板をテレビで見た。あれは親方の子か誰かが書いたんだろうか?
めちゃくちゃへたくそな字がおかしい。
但し、これは本題には全く無関係である。念の為。
凋落
2008-09-08
怖いな、と思った。私は以前からここで記していたように、決して星野監督?を素晴らしいとは思っていない。
思ってはいないが、あれほど男星野だとか、理想の…という冠詞をもらった人が、五輪で4位になったことでくそみそにやらている。ここに来て日本人大リーガー達がWBCの監督が星野なら出ないと言っているらしい(AERAより)。その先鋒はイチローなのである。
ちょっと驚いている。イチローはこういうことを言う男だったかと思っている。
その内容を見れば、星野は五輪を舐めていたといい、五輪に出た選手達は、『この人、大したことないな』とすぐに見破ったという。
まぁ、しかし。それにしてもこの手のひらの返し様はどうだろう。
今、星野派は巨人のトップだけである。
それもWBCの日本側の代表のようなポジションに巨人がいるらしいから、こりゃ相当の密月だ。
五輪で金取って、WBCでも優勝して、凱旋帰国の後、巨人監督に就任!な〜んて予定だったんだろうか?
逸材
2008-09-07
やはり書かないわけにはいかない。あるクマキッドのことである。最近よく顔を見せてくれる。自らも勉強をしにきているのだが、この子はそれだけで終わらない子である。
さり気なく後輩を見てくれる。目線が同じだから安心である。
そして、言われた後輩もこの人ならと納得する。
私にタメ語。でも先輩に敬語(⌒▽⌒)
変な塾。
無駄な出会いは一つとしてない。
良くないことも不幸なこともあるかもしれない。
でも、この子との出会いは宝でる。
大袈裟に言えば、神様のプレゼント。
神の贈り物はそうそうあるもんではない。
模様替え
2008-09-07
こちらのブログを始めてもう2年が過ぎた。さっき足し算してみたら800本を越えていた。書きも書いたり駄文の山。
当初、どこにでもある発想で、ブログ本にしよう!などと息巻いていた。世間ではそういうパターンも多い。でも、ブログは日記なんである。日記じゃなきゃ、ホームページにすればよいのだ。WEB LOG…だからBLOG。それ以上でもそれ以下でもない。日々放談である。
先日来、何かこのページに違和感を覚えていた。
右カラムのプラグインが落ち着かないのであった。ちょっと整理してみた。
私にしては珍しくテンプレートを変える気がしない。飽き性な自分なのに。やはりブルー系が好きだし、このテンプレは書きやすいのかもしれない。こんなのをしゃかしゃか作れる才能はすごいものだ。
パソコン力も解が力も共に持ち合わせのない私には別世界。
ま、何はともあれ、プチ模様替えで少し落ち着いた。
sweet spot
2008-09-06
錦織くんは近い将来世界の十指に確実に食い込んでいくだろうと読む人がいるらしい。テニスもそろそろそういう人が男子に出現してほしい。しかし、それにしても、こういうスポーツの武者修行は殆どアメリカである。やっぱりアメリカの裾野の広さは途轍もない。そして、結局人間の懐が深いということかもしれない。私達は絶対にこれを見過ごしてはいけない。あるべきはこういう先進国だ。残念ながら今のアメリカは少々軌道を逸脱し、己が第一等だと思い知らせたいらしい。そこが見苦しい。
さて、テニスにスイートスポットというものがある。
ラケットの中心付近に球を上手く当てると、不要に力まずとも球威のある球が返せるわけだ。
このスイートスポット。実は色んなところに存在していると私などは思っている。
ずっと力を入れっぱなしにしていると、エネルギッシュだが、文字通り余分なエネルギーを消費する分だけ疲れる。
あんまりこちょこちょ動かずに的をポンと射る。
これがスイートスポットの極意かもしれない。
実は勉強にだってあるのだ。
いつもどの問題でも力を入れっぱなしにするのでなく、ある瞬間だけ、或いはあるポイントだけきゅっと力を入れる。それで解決してしまうのだ。
球を使った遊びも伊達ではない。
球を扱う際、無駄な動きをしたり、相手にさせたりする子は、勉強でも迂回路を通ることが多い。
猛獣の子は兄弟じゃれ合って運動能力を高め合うという。
今時の子は走り回って遊ぶことが少なくなった。
実はこのことは由々しき問題なのである。
遊んでないから加減がわからない。
喧嘩をしていないから引き際がわからない。降参の仕方を知らないから些細な衝突が殺人にエスカレートしてしまう。
そして、子どもが心から安らげるものを一つ持っていられたら、社会は今少し温かくなる。
“再生委員会”なおdという殺伐としたプロジェクトはスイートをハズしているんである。

