閉鎖を告げて一週が過ぎた。別段どうということもなかったが、私の耳に入ってこないだけかもしれない。
塾生に公表したので、卒業生やお世話になった方などにも知らせ始めている。皆、一様に残念がって戴き、そして私の心配までしてくださる。実にありがたい、勿体無いことである。
私はこんな日が来ることを2年ほど前から既に覚悟していた。同時に何かのきっかけで好転しないかという期待もあった。それが1年前にはもうかなり現実的になってきていた。そんな深層の心理がやはりどこかでこのブログに影響していたらしい。
卒業生と電話で話した時、ずばりとそれを言い当てられた。
文章に出ていましたよ…と。
その子は本当にクマ塾を愛してくれた卒業生である。いや、気持ちは今でもクマ塾っ子と言わせて貰っていいと思う。私や塾を案ずるばかりでなく、来れば必ず後輩に声を掛けてくれる。場合によっては教えてもくれる。
卒業してしまったらそれでおしまいというケースが多い中、私は実に果報者である。
その子が言うのである。
「なんとなくそうかな…というのがブログを読んでわかった」というのである。先に繋がる話がめっぽう減ったらしい。(これは痛いところである。書けなくなっていったのである。)
こういう卒業生を一人出しただけで塾を開いた価値があったと言えるかも知れない。私は自身を「受験屋」だと思っていない。臆面もなく「教育者」だと自負している。
ただし、経営と教育の方針は時として真っ向から対立してしまうことがある。
クマ塾閉鎖の要因はまさにここにある。
件の卒業生君は医学の道を歩み始めている。
私は、密やかに、そして多くのことを彼に期待している。
彼はそれに十分足りるだけの幅を持っている好漢であるから。
当会は開講以来14年が経ちました。
多店舗塾が林立する地域にありながら、小さいということを生かした当会ならではの指導を心がけて参りました。その針路を見失うことなく歩んで来られたことは誠に大きな幸せでした。
しかしながら、長く続く不況による影響は大きく、当会のような何らの組織力をも持たぬ個人塾には逆風が吹き荒れました。それでもなんとか耐えに耐えてここまで参りましたが、最早存続が困難となってしまいました。
ご支持を戴いている皆様にはなんとお詫びを申し上げてよいか言葉も見つかりませんが、これ以上の続行は却って迷惑をかける事にもなりかねないと考え、この度2月末を以って閉講という結論に達しました。熟慮の上にも熟慮を重ね決しました。何卒、ご理解とご容赦をいただきますようお願い申し上げます。
本日、21日に出席した子ども達には直に経緯を説明いたしました。閉鎖まであと1ヶ月と少しですが、これまで通りの授業を心掛けます。どうぞよろしくお願いいたします。
また閉鎖後も何かご心配なことがありましたら微力ですが相談に乗らせていただきたいと思います。長らくご支持を戴きましたのにこのような結果になり、心苦しく思います。
本当に申し訳ございません。
今日、17日で当会受験生の平成24年度中学入試は完結いたしました。みな非常によく頑張りました。多少の反省点もなくはないですが、それは重箱の隅の話。何よりも普段着のままで入試を終えられた事が尊いと思います。
受験というものを通して成長してほしい。受験という機会を自己鍛錬の場にしてほしい。そういう願いで当会は受験と向きあってきましたが、見事にそれは達成してくれたと思います。
これから春の新入学まで気を抜かず、受験前までよりもむしろ深い学びの時間をとってほしいと思います。当会は子ども達を追い詰めておりません。ゴールして気絶するような受験ではありませんでしたからまだまだエネルギーが残っているはず。それに期待します。
またあと二ヶ月、充実した小学生生活を送ってほしいと思います。受験は小学校生活を色々な意味で壊します。担任の先生もさぞややりにくかったはず。せめて最後くらい、クラスの仲間や先生方ときちんとお別れ出来るようにしてほしいものです。
人間、何をしても必ず人の助けが要ります。自分だけで成し遂げたなどと思いあがらずに、“実るほど頭を垂れる”稲穂のような人になってもらいたいです。受験前、先輩たちは自分の受験を思い出しながら応援してくれました。おそらく、受験の時に持っていた熱い思いを反芻したことでしょう。今年の受験生諸君も今のこの感激と充実感を決して忘れずにいてほしいと思います。
受験生が居るとおうちの中が緊張します。中には衝突もあったかもしれません。これから春まで受験の垢をきれいに落とし、壊れたものがあれば修復してしておきましょう。
kuma塾生はがんばりました。どうぞ褒めてやってください。