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2014/06/27 (Fri) 12:51

塾対象説明会

久しぶりに説明会に行ってきた。
ま、想像通りの感想である。

世の中にはルールというモノがある。
ルールはその社会で生きる人たちに利益があるからこそ守るべきものである。
守った者には当然得られるモノがある。

後出しジャンケンや横入りはだめなんである。

一度、併願で…と言ったモノは変えちゃだめである。

それにしても、午後受験は本当に弊害が大きい。

入試は一回、統一日の統一時間で。
二次は文字通り二次で。一回。
最近作らなくなったが、入試日程一覧…などという書類を作ってみるといくつかの学校は、その1校だけでA4が1ページ埋まってしまう。
それって、どーなんだろ。

『学校』とは文化である。
その学校が範を垂れないでどこが範を垂れるのか。。。。

そんな感想である。
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Trackback(-) comment*0 | 入試のこと
2013/01/26 (Sat) 14:31

リサーチ

中学受験と大学センター試験が終わった。
見ていた小6君は志望校に合格した。周囲の誰もが第一志望校は四分六でダメかも…と思っていたらしい。私は逆で、第二がダメで合格するとしたら第一だと確信していた。だから誰もが驚いた。ありがたいことに担当していた私は、的確に状況を把握し、且つ『合格に導いた』わけであるから評価が上がったようだ。

娘のセンター試験は1日目で終了した。
彼女の兄が通っていたいた大学での受験。自校もセンター試験を実施しているのに、なんだか不合理な話だ。有利に働くから?と思ったが昨年度生は自校で受けたらしい。
さて、試験から帰って、なかなか自己採点をしようとしない。どうして?聞くと、『怖い』と言った。どっちみちわかるのだったら早い方が良い…と採点を促した。

国語、英語、日本史。彼女は国語と日本史が得意教科である。当然そこでポイントゲットできなければ、後が苦しい。が、私はなんとなく漠然と『国語はさほど良くないかもしれない』と想像していた。英語は想定したライン、日本史はまず失敗しないだろう…。が国語は意外に伸びないかもしれない…そう予想した。結果、ずばり私の読みが当たった。

二日後、学校でセンターリサーチがあった。要は自己採点の結果を予備校に送り、判定してもらうわけだ。その結果で受験生は受験校を最終決定することになる。

24日。結果をもらってきた。想像以上に良かった。やはり国語は難問だったようだ。刀の『つば』の話が出た。彼女の好きな分野である。帰り道、周りの感想を聞いて、さもありなんと思ったらしい。
が、私は逆の事を思った。読み込んでしまう文章は点が取れないものである。本人が感じた手ごたえほどには点数は伸びなかった。試験とはそんなものだ。

今、二次対策をしている。私はもう何もしてやれない。時々、様子を聞くことで彼女に自己チェックをする機会を作ることくらい。それと事務的な手続きである。出願である。いよいよ、来た。出願である。

私はセンターの後がとても大切だと思うのだが、意外に学校は放置プレイである。さらに言えば、志望校決定までのプロセスにももっと強く関与し、指導すべきである。『受験の上手い』学校はそこが違うのであろう。

大学進学が伸び悩んでいる学校は一様に口をそろえる。『国公立大に合格させたい』と。が、その態勢は?と見れば整っていない。国公立は掛け声だけでは通らない。きちんとした態勢が取れないなら、進学コースと名乗ってはいけない。残念ながらそういう学校が少なくない。どうせ予備校に行っているんだろ?と甘えているとしたさらに悪い。受験や学園運営上から考えても、高校三年の三学期はどこもここも良くない(ところが多い)。
Trackback(-) comment*0 | 入試のこと
2012/01/14 (Sat) 10:53

入試の朝

私は入試応援に行かない。行かなくなってもう何年にもなる。ここが個人塾の哀しさである反面、子ども達は本来の形で受験を経験できる。
受験とは本来プライベートなことなのである。
指導の親切がゆきすぎて、その領域に塾の先生が土足で上がりこんでいるのである。
一日も早くそのことを思い出してほしいのだが、叶うまい。

応援には行かぬが子供たちが電話をくれる。
みな元気そうな声だ。
頑張ってくるよ!と言ってくれた。
何年も一緒に勉強してきて、最後の最後で伝わることがある。
やっぱり入試というものはすばらしいものだと今年も思う。

私はもう無力である。
吉報を待つことしかできることがない。
まずは無事でこの期間を終えてほしい。話はそこから始まる。
Trackback(-) comment*0 | 入試のこと
2011/03/09 (Wed) 04:11

生き様

この仕事についてなまなかではない月日が過ぎ、たくさんの人間模様も見聞きしてきた。

子どもを伸ばすにはどうしたらいいですか?
という問いに今やっと単刀直入に答えることができるようになった。
それは…幕の内弁当はだめだということだ。
栄養面ではバランスの取れた良い弁当だが、あれこれ入って目玉がないとも言える。
私は子育てというのはこれではダメだと思っている。
魚を一匹、骨だけ残して食い切ってしまう。これが良い。

そうするには、人を信じ切らなければならない。これが意外に難しい。
それが怖い人、できない人は、だから“組織”や“機構”に子どもを託すことになる。

受験は実はそのものは大したことではない。たった数日で完結する。
価値があるのはそこに到達するまでの過程である。

結果オーライはない。
上段に構えて言うなら、生き様である。
生き様によって当然進む道は違ってくる。

魚にしようか、いや肉にするか。それともエビフライか…。
迷ってはいけない。

我が子は自ら育てねばならない。
それに手を貸せる人はそうはたくさんいないはずである。
Trackback(-) comment*0 | 入試のこと
2011/02/23 (Wed) 03:38

ホイッスル

私は野球部員だった。
次兄の影響で野球が大好きで、小学生の頃から硬球で遊んでいた。
中学に上がったとき、何の疑問なく野球部に入った。
が、どこか世間をなめていたようで、先輩にたてついてやめてしまった。

そして、高校でバレーボールを始めた。
これがなかなか上手くいかなかった。

顧問の先生は審判員の資格を持っていた。
彼は言葉の端々にいつも匂わせた。
『一度、ピッと吹いたら、もう基準は変えられない。だから一発目のホイッスルがその試合のすべてを決める』と。

この事は私の中に何故かずっと残った。
逆にホイッスルの基準をすぐに変える人が嫌いである。

子どもに対峙する時、最も気をつけるのはこのことである。
『一度吹いたら基準は変えない』

“仕方ない、今日だけだよ…”こう言って日本の親は子を許す。
子どもはだから端っからそれを承知で叱られている。
責任を取るという言葉が嘘っぽくなるはずである。

本当に責任を取らせるなら、こぼした水をお盆に返すまでさせるべきである。
Trackback(-) comment*2 | 入試のこと
2011/02/03 (Thu) 03:16

三つ子の魂

大昔に教えた子の話である。
清風南海を受験したが落ちた。
二次試験にも失敗し、結局公立に進んだのである。
力のない子ではなかった。が、ここ一番全力を出し切れない心の弱さがあった。

その子が中3になった時、もう別の塾に居た私を探し出して親御さんが来てくれた。
曰く、清風南海高校を受けて欲しいが受けないと言っているらしい。
私も話を聞いたが本人の意思は固かった。
つまりはトラウマである。
結果、地元のトップ校に進学。
その三年後、関学大に入学した旨の便りを受け取った。

その数年後、本人がひょっこり姿を現した。
関学をやめ、医科大に入学したという。
厳しいお父さんが毎日、そんなの大学じゃないといい続けたという。
それは少々厳しすぎるとは思うが、何せ医学部に行けと言われ奮起したという。
順調なら医者になっているはずである。

12歳の頃の特性は18になっても、いや大人になっても変わらない。
変えることができるとすれば12の時がまだしもである。

勉強や受験はそのための鍛錬の場として最適である。

だからこそ、いい距離での突き放しが要る。
決して抱え込んではいけない。
満点以上のサービスを受け続けた子は放置された大学でどうなったか。
誰も大きな声で語ろうとしない。
Trackback(-) comment*0 | 入試のこと
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