鍛えるべきは…
2007-11-28
受験を第一のハードルと捉え指導している以上は、やはり合格という褒美は欲しい。そして、進学教室と銘打った以上は少しでも上位の難関校を狙わせるのだろうと思われ勝ちである。しかし、私の方針は必ずしもそうではない。中学受験までに仕上げてしまう必要はないのだという気持ちが、最近強くなってきた。
“頭がいい”という言い方があるが、これはどういう意味だろうか?
例えば…。
国立東北大学まで出て、防衛庁で神とまで言われるほど権勢を誇ったキャリア官僚が、金に目が眩んで業者から派手な賄賂を受け、口利きをする。山田洋行だけではない。探せばいくらでも出てくる。(何なら情報提供してもいいくらいだ。)
また、灘中高、東大という絵に描いたようなエリートが、株式ごっこが上手くなりすぎて、会社を自由に出来ると勘違いし、挙げ句に関西人にとって一種の文化である阪神と阪急を合併させるという愚挙を成立させてしまう。一体これが関西人にとってどういう意味を持つのかがヤツにわかれば彼は関西ではもう暮らしてゆけない。
他にもいちいち挙げたらきりがないほど頭がいいと言われたヤツのご乱行がある。こんな輩を頭がいいと言っていいのだろうか。
1年8ヶ月
2007-11-28
あちこちに書き散らしたことである。私は元喫煙者。一昨年の3月12日にたばこを断った。
胸に違和感を感じたからである。
母親は循環器の病で、父親はガンで命を落とした。
二人とも喫煙者だった。
たばこを放さぬ母にいくら脅しをかけても
たばこをやめるくらいなら死んだ方がマシだと開き直られた。
私もそんなことを嘯いた時期があったが、それは身勝手である。
やめて初めてわかったのである。
たばこなどというものは自分にも周囲にも正に百害あって一利なしである。
冷たい言い方をするなら自分でわざわざ金を払って自分の体を傷め付けるのは勝手であるが、受動喫煙というものがある。
たばこを吸う勝手があるなら、たばこを吸って欲しくない勝手もある。
多目的、多機能
2007-11-27
これは国民性だろう。現代の日本人は一つのモノにいくつもの目的や用途を求める。
車が典型である。
車に、『速く走る』という用途以外に“居住性”とか、
営業車でもないのに“積載量を要求する。それも同時に、である。
すると、メーカーはどんな車を作るかと言えば…。
猫も杓子も、どデカイワンボックスカーを量産する。
この似たり寄ったり大同小異の中で、自“車”の差別化を図るのは、
だから困難を極める。

