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2008/11/26 (Wed) 03:33

回路

ヒトの“脳”力というものは全容がまだまだ解明されていないらしい。
解明されたからといって、無駄なく能力を育てる方法など見つからないだろう。
人が伸びてゆくには様々な要因があるはずだ。
そこがすべて違うから面白いのだし、そういう多種多様な能力がきっと人間界には必要なのだろう。

逆にみんな同じであれば、無駄も少ないかわりに、軌道修正もできずに誤った方向に突進していってしまう。

ま、そこまで行かずとも…。
私が今見ている子どもたちは、授業の受け方があまり上手ではない。

最近、東大生のノートにスポットを当てた本が売れているらしいが、あんなのなんてことはない。
要は授業中に取ったメモを家でもう一度“起こせ”(再現せよ)ということだ。
もう何年も前に薦めたことである。
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Trackback(-) comment*0 | ちょっとした話
2008/11/23 (Sun) 03:26

“じゃこよりましや~”

おばの家は猫屋敷だった。
猫に人間が飼われているような家だった。
その猫たちは何故か閉鎖的でなかなか懐いてはくれなかった。

小学時分に何度が泊めてもらった。
夏休み、連泊した時のこと。
おばがこう言う。“このねこな、鰹節をご飯にかけてやるとな、『じゃこよりましや』って言うてくれるねんで”と言うのだ。
んなあほな!と思った。

猫さまのご飯時、聞いた。

『なんとかちゃん。今日はこれしかないねん。鰹節な。辛抱してや』
『んにゃ~~。じゃこよりましや~』
と、確かに聞こえた。

それは蝉の声が『ツクツクボウシ』と聞こえるのとはちょっと趣が違ったが。
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2008/11/23 (Sun) 03:08

聖域

私らの年代では、先生とお医者さまは偉い人だと相場が決まっていた。
その職には“聖”の字が冠されたし、ポジションは侵しがたい“聖域”だった。

先生に泣きつけば魔法のように問題が解決し、医者の門は潜っただけですでに何割かの病は治っていたかも知れない。それほどのこの二者の力は偉大で、尊敬に値した。

今、先生の権威は地に墜ちた。
学校を密室化せず、オープンにせよ。
先生と言えども人間。ミスもすればサボりもする…というような発想で学校にメスが入った。
残念なことにその予見が当たった。

一部の怠慢な教師のために素晴らしい先生までがとばっちりを受けたかも知れない。
偏見に満ちた突き上げとパワープレイがやる気を削いだ。
加速に乗った教育現場は目を覆いたくなるほど型くずれを始めた。
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Trackback(-) comment*0 | 分けられぬこと
2008/11/23 (Sun) 02:42

すんでのところで…

最近、スランプでもないが、ちょっと書けないでいた。
特に理由も見当たらない。

どうしてかな?とブログの管理画面をいじくっていた。
 
ん?プラグイン?この月間アーカイブがプルダウンで出て来るのはいいなぁ。
と思った。早速ダウンロード。

表示してみて、リンクが気になった。
消してもいいのかな?と思い(勝手に)、HTMLの編集で消しに掛かった。

消えた、見事に。
でも右カラムの半分が見事に全部消えたo(>_<)o
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Trackback(-) comment*0 | 分けられぬこと
2008/11/23 (Sun) 02:27

やってもた

去年、久々に風邪を引いてしまって悔やんだ。
それなのに、今年はこんなに早くもらってしまった。
初めは鼻の奥が痛いなぁと思うだけだったが、一昨日がつんと来た。
幸い軽く済んだようだ。
体調管理の甘さが悔やまれる。

昔は風邪を引いた人がマスクをした。
今は風邪を引きたくない人がマスクをする。

新ニホンジンだ。

マスクに一松の模様でも入れたら可愛いのにとクマキッズに言ったら、
そんなんもう売ってるよ!と返された。

新ニホンキコウだ。
Trackback(-) comment*0 | 自分のこと
2008/11/12 (Wed) 04:04

..ism

良い格好をしようというのではない。

心底、子ども達の中に育てて欲しいものがある。

それは私が種を蒔いたり、植えたりするんではない。

自分の頭で考え、自分の体を使って、育ててほしい。

どんな樹だろうと構わない。

背高でも、灌木でも、針葉でも広葉でもいいではないか。

葉っぱが落ちようがいつも付いていようがかまやしない。

ただ、できれば、実りを付け、動物や昆虫にそれをお裾分けし、

その代わりに次の種蒔きはやってもらう。

自分が大きく育ったら、その日陰は利用してもらう。

それがいいではないか。

自分で付けた実を自分で喰らう樹はない。


私はそんな、人の情を解する人になってほしい。

またそうなれば、視野が広がり、勉強などほっておいても出来るようになる。

自分の頭で考え、自分の体を使って歩いてゆく。

そうすれば、人を押しのける必要もない。

恨むことも妬みも無用である。

今のニホンは…空気が乾燥しすぎている。
Trackback(-) comment*2 | 塾のこと
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