回路
2008-11-26
ヒトの“脳”力というものは全容がまだまだ解明されていないらしい。解明されたからといって、無駄なく能力を育てる方法など見つからないだろう。
人が伸びてゆくには様々な要因があるはずだ。
そこがすべて違うから面白いのだし、そういう多種多様な能力がきっと人間界には必要なのだろう。
逆にみんな同じであれば、無駄も少ないかわりに、軌道修正もできずに誤った方向に突進していってしまう。
ま、そこまで行かずとも…。
私が今見ている子どもたちは、授業の受け方があまり上手ではない。
最近、東大生のノートにスポットを当てた本が売れているらしいが、あんなのなんてことはない。
要は授業中に取ったメモを家でもう一度“起こせ”(再現せよ)ということだ。
もう何年も前に薦めたことである。
“じゃこよりましや〜”
2008-11-23
おばの家は猫屋敷だった。猫に人間が飼われているような家だった。
その猫たちは何故か閉鎖的でなかなか懐いてはくれなかった。
小学時分に何度が泊めてもらった。
夏休み、連泊した時のこと。
おばがこう言う。“このねこな、鰹節をご飯にかけてやるとな、『じゃこよりましや』って言うてくれるねんで”と言うのだ。
んなあほな!と思った。
猫さまのご飯時、聞いた。
『なんとかちゃん。今日はこれしかないねん。鰹節な。辛抱してや』
『んにゃ〜〜。じゃこよりましや〜』
と、確かに聞こえた。
それは蝉の声が『ツクツクボウシ』と聞こえるのとはちょっと趣が違ったが。
カテゴリ :男がしゃべりでどこが悪いねん!
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聖域
2008-11-23
私らの年代では、先生とお医者さまは偉い人だと相場が決まっていた。その職には“聖”の字が冠されたし、ポジションは侵しがたい“聖域”だった。
先生に泣きつけば魔法のように問題が解決し、医者の門は潜っただけですでに何割かの病は治っていたかも知れない。それほどのこの二者の力は偉大で、尊敬に値した。
今、先生の権威は地に墜ちた。
学校を密室化せず、オープンにせよ。
先生と言えども人間。ミスもすればサボりもする…というような発想で学校にメスが入った。
残念なことにその予見が当たった。
一部の怠慢な教師のために素晴らしい先生までがとばっちりを受けたかも知れない。
偏見に満ちた突き上げとパワープレイがやる気を削いだ。
加速に乗った教育現場は目を覆いたくなるほど型くずれを始めた。

