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2009/01/11 (Sun) 04:08

がんばる!

成績の振るわない子と話す。
色々な局面からその子の向上心を刺激し、頑張りを引き出そうと図る。

ソフトに追いつめて、結局どうするの?と迫る。
十中八九までこういう返事が返ってくる。
次のテストで頑張る!という返答。

残念ながらこの子は次も良い成績は収められない。

何故だかおわかりいただけるはずである。

しかし、もう一つの真理がここにある。

我が子は理性では育てられないという真理である。

ならば私はこう続けたい。

親は子を教育してはいけない。躾てほしい、と。

言葉の遊びでも、想定問答でもない。私のライフラインである。

それがわかって戴けないと、高学年から別の塾探しとなる。

バーチャルでバブリーな日本。このままではどうにもなるまいと良識人なら考える。

しかし、いつも“教育”だけが古くさい。

何故か? 勉強できる子は“えらい”からである。

入試日が近い。悲喜交々である。
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Trackback(-) comment*2 | 一筆示し参らせ候
2009/01/10 (Sat) 02:09

クマ、こっそりジャムる...

地下鉄の駅を降りて地上に上がるまでにプチ地下街がある。
年末、そこのテナントの一軒が工事をしていたので、ちょっと覗いてみた。
ん?服屋さん?たばこ屋さん?…え!ギター?! なんで~!? フラフラと近付いて行った。

“あ、ギターお好きですか?”と店の奥から声が掛かった。
私よりも五つくらい年配の方であろうか、親しみやすそうなおじさんが登場した。

色々話すうちにギターを引っ張り出して、弾いてくれた。上手い!めっちゃ上手い!
なんでも、ビートルズのコピーバンドをやっていたそうな。道理で…!

“年が明けて、講習が終わったらまた顔出します”…と約して辞した。

昨日、そのお店をちょっと覗いてみた。
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Trackback(-) comment*0 | 趣味の話
2009/01/03 (Sat) 02:30

クマ、ジャムる…ええ年のエリー ( ̄∇ ̄*)ゞ

私は、正直言ってあまりたくさんの習い事は止した方が良いという立場に居る。
何故ならば、結局人間なんてものはそうそうたくさんの能力を持ち合わせていないし、習い事をたくさんしている子はどうも腰を据えて勉強してくれないという経験則ができあがっているのである。
ただこれはあくまで経験則の話( ̄∀ ̄*)

私は、小さい頃に音楽を習わせて欲しかった。
何故ならどうしても越えられない壁を感じるからである。
絶対音感。こればっかりは…。

new kid がバイオリンをしていると訊き、いつか一緒にセッションしようね!ってお願いしていた。
そんな約束がお稽古の励みになったと訊き、それも嬉しかった。

音楽は人の心を和ませる世界共通語である。
まして、バイオリンと云えばクラッシック畑。私などの大衆音楽楽器と合わせられるか?と思っていたが、あにはからんや!
なんと演っているのは“いとしのエリー”なのである。

この子に“何の音から始めるの?”と尋ねたら
“ファから…”と云うので、じゃ、自分のいつものキーと同じじゃん!ということになってこの絵である。
IMG_6512-c2.jpg

この絵も男の子に撮ってもらった。
なかなかのフォトグラファーではないか。

勉強できるのは勿論嬉しいが、私は芸の才がある子も大好きである。
そう言えば、昔教えた子で芸大に進んだ子も居る。
そういうのも大あり!のクマ塾…悪かないなぁ。
但し、勉強はバッチリできての芸であってほしいのは勿論の事である。

この子、私の誕生日に一曲やってくれるそうです。楽しみです。
Trackback(-) comment*2 | ちょっとした話
2009/01/02 (Fri) 03:30

凹凸

世の中というか、人の世というか、実によくできていると思う。
蓼喰う虫もなんとかと云うが、ほんとである。

いつも人の顔色ばかりが目に入って仕方ない子がいる(勿論最近ではレア種である)
その子と一緒にいると、他の子の言動を見て、すぐに視線を送ってくる。

後で意味を聞かれる。
返答すると、丸くなったなぁと苦笑された。

世の中、よくできている。
自分が周囲の空気を悪くしてはいけないと背中にまで神経を遣う人が居る反面、
嫌なら相手がどう思おうと平然とそれを表情や行動に出す人もまた居る。

仮に前者を陽、後者を陰と呼称する。
こういう二者がパートナーシップを結んだ場合、当然の結果として陽が泣きを見る。

人は大概一人では活動しない。複数で居る。
そんな場で陰の人は誰かが旗を振ってくれることを当然のように想定している。
そして、陽の人はと云えば、そのことがわかっていて割に合わないなと思いつつ、気が付かぬ振りなどできないのである。誰かさんではないが、鈍感力はないのである。

私は…。
それでも陽の人を育てたい。というか、それは天分であるから、陽の人に集まってもらいたい。
自分の身の丈、肩幅をちゃんとわかった人間に育って欲しい。
そして、その丈の中で遣って欲しい。
Trackback(-) comment*2 | 世間のこと
2009/01/01 (Thu) 00:55

初暦

先日、5年生達と理科の授業をしていた。地球と太陽という単元だ。
まったく、暦というやつは良くできていると改めて感心したものである。

先人達は月の暦で暮らしてきた。
つい150年ほど前に暦を太陽暦に変えた日本。
その痕跡と風習が今も残っている。複雑な文化と言語形態を持った誇るべき民族ではないか。

一年の計は元旦にありと云う。
私は後ろ向きの人間なのであろうか。前を向いて計を練る前に、捲ってきた暦を思いながら振り返りたい。

昨日の大晦日。終わりの会というものを行った。
数年前までクリスマス会をしていたのだが、どうもこういう人間なのでクリスマスという柄ではない。
何のことのないのだが、ひと区切りつけてもらいたかったのである。

ここ数年、日本の社会は厳しく、冷たい社会に変貌してしまった。
話が飛躍しすぎているかも知れないが、これは工業立国であり、経済大国であるが所以のことではないか。
調子の良い時は勿論活気があって、人にも手厚い。
が、ひとたび、具合が悪くなると、どんどん荒んでゆく。
その様は目を覆いたくなるばかりである。

日本は小さき国である。
それが背伸びし、肩をいからせて、身の丈以上の姿勢を取ってきた半世紀。
ここらでもう一度、あるべき姿、得意とする業を見直してみてはどうなのだろうか。
先に述べた世界でも屈指の高度な言語を操り、手先の器用さでは他の追従を許さない国民性を我々は有している。
また、元々が農耕民族であることも忘れてはいけない。

本態生の弱点は五十を過ぎて表面化するという。
国の有り様が疲弊しているのは、人で云えばそんなところに関係があるのかもしれない。
勿論これは何とかの遠吠えどころか、全くのド素人の戯れ言であるのだが…。
とまれ、子ども達には、まずは挨拶と返事の励行を促し、指先一本でできる善行を推奨したい。

隣の人が困っていたら迷わず手を貸す…それも安心して手を貸せる国でありたい。
それができてほっとする日もあれば、それを悪用されて悲劇が起こる日もある。

しかし、凶悪な事件の原因は決して不況だけではないのである。

それにつけても、この国では酷寒の時期に受験を行う。
冬は色々な意味で厳しい。受験苦はそこへ荷重を上乗せしてくる。
だからこそ人間が強くなるという面もある。
馬にたとえては無礼かとも思うが、“無事是名馬なり”とはよく云ったものである。

新しい年が明けて、今日は初暦。時間は決して途切れることはないのだが、やはり今日の区切りは特別な意味を持つ。

今年もよろしくお願い致しますm(_ _)m
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