みなもと
2009-11-22
クマ塾には小学生から高校生までやってくる。玉と石は混ぜるな!というエリート教育?塾もあるのだが、その段で言えば、わがクマ塾は真逆。
混ぜてなんぼである。
単品でも十分に美味いのだが、混ぜるとお互いの弱点を補い合ったり、とても心地よいハーモニーをかもし出したり…。
ブレンドの妙、である。
私は、最近、花神を読み始めた。
速読をかじってはいるが、好きな読書はわざとこれを使わず、逆に頭の中で音読をしている。
この頭の中の音読をしないでも“読める”ようにするのが速読なのである。
別に斜め読みとか、とばし読みのような曲芸読みではない。
さて、その作品に適塾が登場する。
洪庵、である。
彼が平素塾生に発した言葉が多く引用されている。
師は曰く。
“医師というものは、とびきりの親切者以外は、なるべき仕事ではない”と。
現代の塾は中学受験予備校がおおい。
こういう発想を以って子ども達に対峙してほしいものだ。
できぬはずはない。
ところが数の力を誇る“大手”になればなるほど、哲学性が薄れる。
が、高邁な志を持つはずの優秀児およびその家族がこういう“塾”に群がり、そして強大化に拍車がかかる。
ゆえに親切者ではない医師が増える。
当然といえば当然の結果である。
こんな歳になってシーボルトに初めて興味がわいた。
本読みとはやはり面白い。
値打ち
2009-11-11
公立高校の授業が無料になる。国の動きに加えて、地方公共団体の動きの中で、公立学校の活性化と学力強化対策が挙がってきている。
私学も民間教育もうかうかしていられない。
まずは、自分のことは棚に上げて言う。
最近の私学の先生は子供をあまり叱らない。
叱ると時間が勿体無いという理由が大半らしい。
授業に参加していない生徒は置いてけぼりである。
英語の授業では、発音に時間を割かない学校が多い。
これは由々しき問題である。
言語というものは読んで話してなんぼである。
紙の上の英語。。。
当てても読めないから先生自らやってしまう。。。
ここでも置いてけぼり。
子供たちが面倒なことを極端に嫌がるようになった。
粘りがない。我慢をしらない。叱られるのが下手だ。
何故だろう?
人は経験して知恵を身につけてゆく。
いくらたくさんの文字を読んでもだめである。
目と目、顔と顔。そして言葉と言葉。
そんなものをぶつけ合わないから、ぶつかったときの加減がわからない。
難しい理屈は要らない。
問題は、ヒトである。
蛇足を承知で云う。
私学よ、しっかりしてくれ。
高い金を払う値打ちを見せてほしい。
タダにしたから公立がよくなるとは思えない。
が、貧すれば…は怖い。

