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2010/06/24 (Thu) 01:26

うわっ!

おらが知事どのがまた混ぜっ返しとる。

この御仁。ほんまに弁護士なのかとクエスチョンである。

それとも、頭が良すぎて、私がそのジョークを解せない…だけか。

何より、キモいのは、誕生日が同じということである。


もうちょっと思慮深さを感じさせるしゃべりはできまへんか?

え?げーにんやなかった?!

そうなんや。。。

こりゃまた、失礼しました。。。
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2010/06/20 (Sun) 16:31

ヤバい

私は人間がビンテージなので、時としてジェネレーションギャップを感じることがある。
若い子の文化や風俗に着いていけないのは仕方ないとして、大阪弁が通じないことに恐怖している。

先日、ある男の子と話していた時、その子がボケたことをしたのでスカタンばっかりしたらあかんでーとやったわけである。

通じない。

通じなかったがその語感が彼の五感を刺激したのか、それはどういう意味かと正面から訊ねられた。

大阪弁という方言は畿内で栄えただけあって、非常に良くできた言語である。

たった一文字を挟んだだけで常体が敬体に変化する。

先生が来た!
が、
先生が来はった!とするとそこに敬意が盛りこまれる。

口調が荒っぽいと悪名が高い大阪弁だが、それは大きな誤解。
江戸の荒地に遷都するまでは畿内が都だったのである。
言わば、お内裏様のお膝下。
その言葉が下品なわけがない。

古文を関西弁風アクセント音読してみると非常に落ち着くのである。
何でもいい。
そう、、、

『むかし、たけとりのおきなといふものありけり。のやまにまじりでたけをとりつつ よろずのことにつかひけり…』なんともやわらかい。

馬鹿っ!と怒鳴られると凹むが、あほやなぁとやられたら半ば褒められた気さえしてしまう。
こんな美しい言葉を絶対に廃れさせてはいけない。
Trackback(-) comment*1 | 世間のこと
2010/06/20 (Sun) 16:15

わがまま

まだ勤め人をしていた頃。
どんな趣味嗜好だかわからぬが、猛烈な匂いを放つ香水好きの同僚がいた。この女史が社屋に居ると、目を瞑っても居所がわかったほどだ。

香りというものは、TPOをわきまえないとえらいことになるのである。

もう数年前にやめてしまった子だが、この子が、いやこの子のおうちがダウニー愛好者だった。
最近、量販店でも目立つようになったあれである。

気に入って使っている人には申し訳ないが、私はあの匂いを嗅ぐと喉が痛くなり、息苦しくすらなってくるのでる。

件の子が来る日は本当にしんどかった。
クマ塾は垣根のない塾である。それだけに余計つらかった事を覚えている。

接客業ではダウニーを禁止している店舗もあると聞いてちょっと安心した。
愛好者の方は少し配慮していただければ幸い。

私のわがままである。
2010/06/19 (Sat) 02:33

刷り込み

私は母子家庭で育った。四人兄弟の末っ子である。私だけが少年期を母子家庭ですごした。
当時、私の通う小学校は8クラスあり、毎年新学期に名簿が配られた。
学年、クラス、児童氏名、保護者名(両親)、住所、電話番号。
今なら名簿屋の垂涎ものである。

その名簿。
これを見るのが辛かった。
私以外に父親の居ない家庭は一つ。
そこのうちは死別だった。

このウジウジ感に私は苛まれた。
    ≫ read more
Trackback(-) comment*0 | 一筆示し参らせ候
2010/06/19 (Sat) 02:07

春がない

前にも書いたのだが、私は(占い的に言って)今年の春に長いトンネルを抜けた。
それはそれは粘着で、重いトンネルだった。

そのトンネルから抜け出せる。
春が待ち遠しい…と書いた。

が、春は来てくれなかった。

五月晴れがなかった。

連休こそ記録的な好天だったらしいが、後がいけない。

“寒春”ではテンションが上がらない。
背伸びしてわーーっと言いたいような気分だったのに。。。

しかし、徐々に、徐々に私の体が軽くなっていくような気もしないではない。
ずっと温めていたことも動き出した。

つくづく思う。
体を大事にしておこうと。。。
ここぞ!という時に動けなければ悔いることになる。
私のような年齢では、一つの機会を逃すと次はもう危ういからである。

生きるということは、奥が深い。
Trackback(-) comment*0 | どーってことない話
2010/06/11 (Fri) 01:41

勘違い

大阪の小学校に脅迫があったらしい。
もはや、珍しいことではない。が、黙殺もできまい。
多分、何もないだろう…とは思っても“もしや”ということもある。
で、用心する。
それはいい。

いいのだが、用心が用心になっていない。

日本の学校は何かというとすぐ集団下校させる。
不謹慎な想像だが…悪いことをしてやろうと思っている輩の心理をちょっと覗いてみればこれが如何に的外れな対策かがわかる。

みんなで帰れば…襲いやすいではないのか?

みんなで帰っても、遠くの子は段々人が減っていく…ではないか!?

集団という言葉が日本人は好きなようだ。
が、そこには大きな落とし穴がある。
Trackback(-) comment*1 | 世間のこと
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