--/--/-- (--) --:--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Trackback(-) comment(-) スポンサー広告
2011/03/28 (Mon) 09:05

“その”後…

何の後だかわからぬが…。

この26日で新中学1年生になるキッズの準備講座が終講した。
後は各自の判断で。。。

2月、3月と保護者会を実施した。
小学生対象と新中1対象である。どちらも親子で参加の形式で行った。
レジメなどの準備していて、ふと腑に落ちた。
入試とは採寸である。身の丈に合わぬ学校に行けないはずである。
ただ、勉強というこの丈は努力で変えることができる。

最近、小テストを始めた。
その名を“生活実態調査”と言う。我が恩師のパクリである。
言いえての妙。生活実態調査とは。

この日曜講座から計算の添削を始めた。
計算手法はなかなか洗練されない。
偏差値が70を越えても、計算手法は下手っぴである。
こりゃイカン(遺憾?行かん?如何?)と思った次第。

当節、小学生からもう…ということが多い。
ケータイを持たずに小学校を卒業できたのなら、そのままの方が良い。是非!
色々な事が小学生に広まっている。
大人の商魂が子どもをマーケットにし出した。
怖い面が多い。
社会が枯れてくると自己中心になりがち。
我が子より我が身が大切か?と訊いてみたい親をよく見かける。
教育よりも躾も必要。
しかし、最も必要なのは可愛がること。
愛情などと恰好つけなくともよい。親は子を可愛がること。
何故なら、子は可愛いからである。

タバコを辞めて以来、いくつかのものを辞めた。
ケータイは断念。
が、コピーは辞められそう。
いや、耳コピーではなく(笑) 複写機を使用すること。
“自炊”というのだそうな。
本をバラして、ファイルにして持ち歩く。
クマは持ち歩かぬが、色々なネタ本をバラしちゃ○○○して編集して△△してる。
これも自炊か。

そして、このブログ。予約投稿。
朝一にお披露目。
これ、なかなかよろし。
スポンサーサイト
Trackback(-) comment*0 | 分けられぬこと
2011/03/28 (Mon) 09:00

木の花

去年の春もとても寒かった。
忘却が記憶を捻じ曲げているかもしれないが…ダウンを脱いだらすぐに半袖を着ていたような気がしている。そして、確か桜に雪が積もっていたのではなかったか。
今年の春寒もなかなかのものである。

私の春の記憶は木の花である。
木枯らしが吹き荒れ、空気が刺すように痛い冬に木はその硬い皮膚の中で虎視眈々と開花の準備をしている。“死に体”を擬態していたかのように。
ある一定の気温になると一気に咲き乱れる。
足並みが揃っている。
何の前振りもなくパッと咲いてさっと散るこの潔さ。

中でも桜の様子はだから天下一である。

今年もこぶしの花が何か不憫だった。
春とはこれほどに寒い季節だったか。
Trackback(-) comment*2 | ちょっとした話
2011/03/19 (Sat) 03:45

mood for a day

最後は、クラシックギターかなと思うのはこういう音だからである。
この人は一つ前のエントリーで貼り付けたYESのスティーブ・ハウ氏。
日本に来た時、メンバーで唯一夜遊びに出なかった御仁らしい。
“あ、僕は部屋でギター弾いてる…”なーんて。

精進の賜物は、だから人を黙らせる。
勿論、暖かくて黙るのである。

    ≫ read more
Trackback(-) comment*0 | 音楽夜話
2011/03/17 (Thu) 03:56

roundabout

本来なら真っ先に取り上げねばならないことがある。
しかし、どうもいけない。ま、他の人達が頑張っている。ここは少し後ろに下がっておこう。

正直、調子が良いとは言えない。
思い出したのかもしれない。

こんな時は、そう。。。良い音でも。

タイトルが、やや意味深かな。


Trackback(-) comment*0 | 自分のこと
2011/03/15 (Tue) 04:02

報道

テレビを見ることをやめてみて、意外にも報道というものの姿がおぼろげながら見えてきた気がしている。報道は広く公平なものだと思い込んでいたことが間違いだったことに気が付く。何故なら、何か出来事が起こるとそれを知るために探すからである。ところがテレビや新聞といったものを鵜呑みにしていると簡単に誘導されてしまうのだ。

大きな地震があった。各社我先にとばかりレポートをする。
事態はかなり深刻である。未確認な情報、専門家と称する人達の勝手なコメントが一人歩きする。
大衆の多くは悲惨な映像や被災者のコメントを垂れ流す報道を見て、地震を共有した錯覚に陥る。

被害に遭った人の気持ちと遠くで被害を見ている人の気持ちは全く違う。

それぞれが今何をすべきかは違う。それを旗振って明確にするのがセイジカではないのか。

停電の輪番のために格好良く担当大臣を決める前に加熱する垂れ流し報道を規制してはどうか。
この際、無駄な放送をカットすればかなり電気は節約できる。

簡単に応援のコメントを送る人が居るが、被災者の気持ちはなかなかわかりにくいものである。
実はそっとしておいてほしいかもしれない。
必要なものをそっと置いてくる…それが本当の心遣いではないか。
Trackback(-) comment*0 | 自分のこと
2011/03/15 (Tue) 03:40

翻意

もう何年になるだろうか…。
私は結構大真面目にボウリングをやっていた。趣味という域を通り越して、もはや競技生活に近かった。ああ見えてボウリングは非常に繊細なスポーツなのである。道具の良し悪しは勝敗に直結する。
なかでも顕著なのはボールの指穴である。これを専門にしている人が居る。ドリラーと呼ばれる人で、多くはプロボウラーの有資格者である。大概はボウリング場の隅っこにプロショップという店を出している。

私は悩む質だ。何度も試行錯誤した。ドリラーも変えた。だが上手くいかない。悩んだ末に不本意だが以前に開けてもらったドリラーに電話をした。いきなり行ってもよかったが私なりに筋を通した積りだった。
電話で状況を説明し、“また、もう一度…”と言うとバシャッ!と冷水を浴びせられた。

何を勝手なことを言うかと来た。
お前さんは一度私の力量を見限って余所へ行ったんだろ。
だったら最後までそこで面倒みてもらえ。
ちょっとやってダメだったらまた舞い戻る。
で、またダメならまた戻るのか…。

まぁ、すき放題言われた。
しかし、ぐうの音も出ない。正論だからだ。

それ以来、私はその時の腹立ちと悔しさを忘れないように肝に銘じやってきた。
もうお名前も忘れたが、そのドリラーさんの面罵の数々を私の処世訓とさせてもらっている。

人に信じてもらうのは難しい。が、信じる方はさらに難しい。
何故なら、人はみな自分が可愛いからである。

私にお子さんを預けてくださるのは信じて頂いている証だろう。
私の方も信じて預かりたい。
教育は一方通行ではない。
Trackback(-) comment*0 | 一筆示し参らせ候
profil
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。