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2013/07/29 (Mon) 01:22

近況

ほんとに、どーってことない話…。
#1:先日来、やはり腕時計をしていないと不便かと思い、引き出しから引っ張り出したのだがどうも重くて肩が凝る。で、軽いのを一丁…と思い、色々見ていると結局その重い時計と同系統のものに行き着き、Amazonからおすすめ商品攻撃を受けた。結果、思いとどまり世界のCasioのものにした。40gそこそこ。着けているのを忘れそう。結局、時計なんてこれが一番かな。10年電池なそうな。でも、恐らく本体は10年持たんだろうに。配送料込みで1980円也!逸品なりCasio。

#2:今年私の星回りは目立つのだそうな。良くも悪くも色々な話が舞い込んでくる。ふむふむ、さもありなむ。以前も書いたが、仕事が変わると色々なものが変わる。親父の享年になってしまった。長兄は長らく気にしていたらしい。私はまだやりたい事がいくつかと、実感を味わいたいことが二つ三つあって、死ねない。

#3:血圧降下剤が効きすぎて?やや低血圧気味に。ふらつきや立ち眩みが…。薬が半分になった。急上昇したらすぐ来てね…と主治医。クリニックに行くと、世間話数分。診察1分。私の理想の主治医である。彼は私の病気を“心臓神経症”と言い切った。ポジティブな先生である。

#4:田原総一郎が私と同じ病気で倒れたらしい。彼のように発信力のある人に“この手”の病気がいかに力とやる気を殺ぐか語って欲しい。特にとくダネの小倉クンには熱く伝えて欲しい。
憩室炎はまだましである。大量出血しない限りさほど恐れるに足らず。が、潰瘍性大腸炎やクローン病は違う。難病指定の病気を舐めてはいけない。

#5:これから一人暮らしや二人暮らしを始める人に言う。冷蔵庫はデカイのを買うべし!私の今欲しいものリストナンバーワンは巨大な冷凍庫を持った冷蔵庫。できれば450㍑以上のもの。
と、もう一つ家電? ルンバである。ただし、これは働きにはあまり期待感はない。どちらかというとペットに近い。話しかけられたりしたらたまらないかも…。(国産ものにはそんなのがあったような…)
続編で:これからギターでも始めようかと思っている人に言ふ。安物は買うべからず。辞めるとは到底言えないほど高いものを買うべし。

以上、近況。
しばしの間、このような文面しか書けぬようだ。
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Trackback(-) comment*2 | どーってことない話
2013/07/20 (Sat) 10:10

新人種

私は脳科学者でも心理学者でもないから難しい話はできない。
ただ毎日子どもに対峙していてやはり昭和の子どもと平成の子どもの差は厳然としてあり、その分岐点はウォークマンだと思っている。この機械が登場し、周囲をシャットアウトするという風潮が生まれた。
その下地ができた上にケータイが登場した。

耳は音楽で覆い、目はたった数インチの画面に釘付けにされた。
飛躍が過ぎるかもしれないが、他者に冷たい風潮はこうやって出来上がって行った面もあるはずだ。

ケータイは恋と別れ、そしていじめを短兵急にした。
そして何よりかより、スマホである。ケータイよりもさらに依存度が高く、凝視の度合いも高い。よってこれが事故の原因となるのは明々白々だった。

そのスマホという苗床にアプリが植わる。ゲームやLINE。
このLINEってやつは大人も夢中にさせるようだ。相手が見たどうかわかる。言い換えれば早く見て返さなければ遅いと言われ、やがてはみごにされる。だからつい長時間になる。

一つ解せないことがある。ケータイとは元々パーソナルな繋がりを持つための機械である。
が、その“個”を尊重する機械で“たくさんの人と繋がろう!”ってのがSNSである。明らかに真逆である。

勿論、悪い面ばかりでもない。が悪用されやすい特性を抱えているし、その強い常習性からなかなか脱却できないと思う。どうしてこんな危険物に高いお金をだして、“大切なわが子”に与えるのだろうか。私は理解に苦しむ。

もう一つ。公立ならいざ知らず、高い金出して預けた私学は、もうそろそろ毅然とした賢明な対策に打って出るべきではないか。見てみぬ振りはずるい。そして、立派な人材を輩出したいというパンフの文言に嘘がないなら、この難敵をやっつけるべしである。

しかし、実際は親と子に迎合し、なかなか毅然と対処できないものだ。
学校とはそんなものでいいのか。
Trackback(-) comment*2 | 分けられぬこと
2013/07/08 (Mon) 10:10

引き換え

知人の訃報に接し、それ以来ずっと考えている。もう私は結構なビンテージものなので後追いなどはしない。
しないが、日が経つにつれ、またご家族と話をし、私の中で違った感情が芽生えてきてもいる。

日本では年間に3万人もの人が自殺をしている。皮肉なことに自殺は豊かな国に多い。不登校と同じである。
運が悪くなければ、今の日本なら人生は80年である。それを半分にも満たない年齢で、しかも自ら絶ったのである。その引き換えはさぞや価値の大きいものでなければ、私ら凡人には納得が行かない。

恐らく、徳ちゃんも鬱ではあったはずだ。半年間、ずっとしんどくてだましだましやってきたが限界が来た…最後のお母さんへのメールにはそうあった。
すると仕事のストレスから追い詰められたのかというとそうではないようだ。
別のことでくたびれ果て、気力も体力落ちてゆき、負の連鎖から抜け出せなくなったのではないんだろうか。

そう考えると、私はやはり最後の導火線になったのかもしれない。
私の持ち込んだことが彼に負担をかけたのではなく、新しい動きが始まることが非常に疎ましかった…そんな感じはあったのかもしれない。
が、前日、上司に『明日荒井さんとNさんに会って話聞いてきます。また報告します。』と告げている。
当日の朝、7時台には『今日は遅刻する。2時間目から出勤する。』と学校関係者には電話をしている。
その少し前にクルマを車検に出している。死ぬ気など毛頭感じられない。

が、当日。7時台の後半から9時少し前。。。これが彼の決断の時だったようだ。
この1時間ほどの間に遅刻して出勤する積もりだった彼の心境がすべてを投げ出す心境に変わったのだろうか。だとすれば何がきっかけかのだろうか。病気でもあったのだろうか。

ご家族や私のように悲しみと当惑で悶々たる日々を過ごしている家族が一年間に3万軒もあるなんて…。
なんと住みにくい世の中なのだろうか。空から爆弾が降ってくる国よりもひどいかもしれない。。。

忌明けまでは付近に居るという。
夢でいい。答えはいいからせめてヒントだけでも頂戴…と、これは本当にそう思う。
彼が自らと引き換えにした『もの』とはそれほどのものなのか。
Trackback(-) comment*4 | 一筆示し参らせ候
2013/07/04 (Thu) 03:48

物喜び

梅田に行く用事があったので、少し早目に出て寄り道した。私の寄り道先は決まっている。ナカイ楽器である。
エイリアン氏が居た。
アンプやらピックアップの話をして弦を買った。
ふとゴードンのことが浮かび2セット買った。

仕事場に着き、『ゴードン、これプレゼント』と言って値札も貼ったままのマーチン弦をあげた。
そう一緒に遊ぶ日のために。。。

すると、彼は目の前でパッケージを開け、私の日本語をきちんと理解したのか、子どものように喜んでくれた。
珍しい物を見るように弦を袋から取り出して見ていた。
おいおい、それは君のお国のメーカーだよ!(笑)…とは言わない。

あれだけ喜んでくれたらもう十分である。とても気分が晴れやかになった。
人間、爽やかさが何よりだ。

奴はあの弦でどんな涼やかな音を出すんだろうか。。。
Trackback(-) comment*0 | ちょっとした話
2013/07/04 (Thu) 03:20

息子と…

息子がこんなブログを絶対見ていないと確信して書いている。
色んな意味で面と向かっては言えない事を、である(^^ゞ

実は奴は先日亡くなった徳ちゃんに似ているところが少なくない。
日曜日にお参りに伺った帰り道、久しぶりに息子の声がとても聞きたくなった。徳ちゃんのご両親が『息子のことをあまり知らない』と仰ったことが私の胸に刺さっていたのである。
同じだ…。

もしかしたら息子も結構厳しい状況に置かれているかもしれない…こういう思いに駆られたのは徳ちゃんの引き合わせかもしれない。彼はずっと息子の心配をしてくれていた。同じ男として、そして、同じ職業に就いた後輩として息子を温かい目で見てくれていた。

私の身の上の変化は、子ども達を直撃した。親元を離れるにも通常とは経緯が違っていた。
数年前、私は息子とあることで大きく行き違った。そしてその傷が完治せぬまま、私の一家は空中分解した。結果、息子は今独りで居る。
一緒に暮らしていても何も言っては来ないかもしれない。が、一人で居るのと、家族で居るのとではやはり決定的に安心感が違う。しかし、私は全く無頓着に息子に独り立ちをさせた。逃げたのかも知れない。

元気か?
あぁ、うん。久しぶり。
忙しい?
うん、変に昇格してしまって…。でも認められたんじゃなくて、人が他に居ないからで。。。忙しくなっただけ。
大丈夫か?
うん、しんどいけど、大丈夫。
そうか。じゃ、八月に一緒にお参りに行こうか。
うん、そうしよう。よろしく。

たったこれだけの通話だった。が、本当に久しぶりに息子と『会話』した。

彼が小学校の頃、私は心臓の頻脈発作に襲われた。
数日おとなしくしていたが、仲間とのボウリングの日だったので、道具を持って出掛けようとした。その時彼は取りすがって、「行くな!」と泣いて止めた。
そういう優しいところを段々見せなくなっていった。

彼が心開き、いろんな事を話せる友人や先輩が居ることを祈る。

私の悔いは、やはりここにあった。
Trackback(-) comment*0 | 自分のこと
2013/07/01 (Mon) 10:00

報告

30日の朝、やっと重い腰が上がった。
徳ちゃんのおうちに、お参りにうかがった。もっと早く…という思いも当然あったのだが、弔問客と鉢合わせしても何かとお気遣いをなさるだろうと遠慮させていただいた。そして、ご家族とはゆっくりお話がしたかった。そういうタイミングを計っていた。が、昨日の朝、急に腰が上がったのである。

あれから25日が経っている。少しは平生を取り戻されたかと思うが、恐らく何度も何度も『どうして?』と原因探しをなさったはずだ。
幸いといっては何だが、彼のケータイがスマホだったので履歴をあまり詳細に見ていらっしゃらなかった事も結果的にはよかったかもしれない。が、そういうことも含めてお話がしたかったので、なかなか行きにくかったのである。何より私はかなり取り乱していた。それも大きい。

なんと10時間近く長居をさせていただいた。それは当然かもしれない。彼の人生の半分の19年を私は知っている。そしてそういう“生き様”は案外ご家族はご存じない。当然私にはお伝えする義務があった。

何度も何度も同じ話題を捏ね繰り回し、やっと私はケータイを見せてくださいと言えた。問題の正解そのものはなかったが、正解に導くヒントはいくつか見つかった。なんとも切なくやるせない思いになった。彼が不憫であった。

やはり、彼と会う機会が減った事を悔いずには居られない。
今年の初めあたりから苦しかったと最後のメールにあった。自分を誤魔化しながらなんとかやってきたがもう限界だとあった。その一方でほんとうなら一番支えてほしかった人は彼に決してやさしくなかった。
だからといって彼の取った行動は容認できない。が、一人の人間として、せめてその部分だけでも充実していたらと思うと悔しくて歯噛みする。

徳ちゃんには自分が死んだ後、子どもの相談相手になってもらおうと思っていた。いよいよダメだとわかったときは送り方も徳ちゃんに託そうと甘えた考えを持っていた。それほど彼は強い存在感のある人間で、よもや自ら命を絶とうとするなど微塵も思わなかったのである。そこに穴が空いていた。
苦しかっただろう。今思うとやっぱり最後に会った時にサインが出ていた。でも気づいてあげられなかったし、仮に気づいてももう手遅れだったようだ。他人から見たら『なんでそんな事で?』というような事だ。が、経緯を聞いていた身としては、本当に残念で仕方ないし、同時にそれでも徳ちゃんは少しは幸せだったと思いたい。

ご両親も、私も奇しくも同じ事を口にした。
『なぜ亡くなったか?…多分これは一生の宿題です。そしてこの問題は絶対に解けない。』

彼がよく言っていた、『やっちゃいました…』というあれではないか。
ご家族と長時間お話をして、今日のところはそんな落としどころで少しだけ納得して退散した。私は彼の実家を遠い親戚くらいに思って、これからも事ある毎にお邪魔したいと思っている。
彼は家を残さず、お墓を残して、さっさと先に逝ってしまった。もう一度会ったら絶対に説教してやる…今はそんな思いで過ごせるようにはなった。
Trackback(-) comment*2 | 自分のこと
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