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2013/08/25 (Sun) 02:00

好きな音

ポールが来るらしい。
が、もう行きたいとは思わない。見たくもない。
所詮、スターは雲の上に居てくれたら良いのである。彼の絶頂期は'69年から'75年くらいかな…。あの頃の艶やかな声は絶品である。

それにしても、好きな音っていうものは一体何回聴いたら飽きるんだろうか。
私は実はデビッドボウイのファンでもある。
特にアラジンセインが好きである。このアルバムは本当に何度聴いても飽きることがなさそうである。
奇抜な出で立ちで今言うところのV系なのである。が、おつむりの中身が違うのだな。ボウイは奥が深い。いや、少なくともそう感じさせる。

アルバムの1曲目からラストナンバーまで聴けるというのはなかなかないものである。
ロックンロールなのにうるさくないのである。一つ一つの音がリーズナブルなのである。ボウイのボーカルに纏わり付くようなミックロンソンのギターがたまらなくいい。それにマイクガースンのジャジーなピアノも絶品である。
体に心地よく入って来るといういみではサージェントペッパー以上の名盤かもしれないな…などと意味のない比較をしてしまう。この辺りの曲を生ギターでさわさわと弾き語るのもいいかもしれない。
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Trackback(-) comment*2 | 音楽夜話
2013/08/25 (Sun) 01:25

焙煎

友人が珈琲の焙煎機を貸し出してくれた。豆までもらってしまった(^^ゞ
約150㌘を10分弱で焙煎してくれる。
ただ取り出すタイミングを外すとやや深煎り気味になるのでそこがポイント。

数日前、煎りあがったイルガチョフを職場の同僚に差し入れた。その人は飲むまで何度も何度も袋の結びを解いて香りを楽しんでいた。
モカは好きではなかったのだが、いい生豆を煎って初めてその良さを知った。

深めに煎ったコロンビアでアイスコーヒーを楽しんだりしている。
なかなか贅沢な嗜好である。

本当は陶器の焙煎器で煎りたいが甚だ面倒でしんどいので電気のものを貸してもらったのである。
いや、なかなかどうして煎りたてはやはり絶品である。

ブルマンの珈琲ゼリーなんぞ良いかも知れない。ブレンドなんかでなくオールブルマンである。

こういうのを一度飲んでしまったら珈琲屋で珈琲を飲むのが馬鹿らしくなるんである。
高いけど美味いならまだいい。
が、不味くて高かったりすることが多いのである。そんな時は、テーブルチャージかなと思うことにしている。
Trackback(-) comment*0 | ちょっとした話
2013/08/20 (Tue) 10:00

クリニック

元クマ塾生のお父さんが、整形外科のDr.である。最近よくお世話になっている(^^ゞ
元気な時に伺いたいものだが、悪い所があるから行くのがクリニックだし…。
数日前から尋常でない膝痛で困っていたので診察してもらった。膝に負担をかけたらしい。骨に異常はないので、痛みはすごくあるのだが、一番の薬は負荷を掛けないことらしい。脚のストレッチが原因かと腑に落ちた(~_~;)
まぁ、それにしても次々とあちこちが傷み、痛む。
まだ決定的なことになっていないだけ幸せかも知れぬが、これはこれで結構辛いものがある。



Trackback(-) comment*0 | ちょっとした話
2013/08/15 (Thu) 10:00

形見

お盆のせいか、兄の声が聞きたくなって電話をした。
取り留めない話や、家族の“課題”について話した。

もう一つ。
徳ちゃんのお母さんにメールを送った。
というのも、ギターの事を思い出したからである。先日、ギターの行方が気になって伺ったところ、お祖母さんの手元にあるという。お祖母さんがどうしても持っていたいと仰ったそうである。
生前、彼は私によく祖父母の話を聞かせてくれた。家族運の薄い私には羨ましい話がたくさんあったのだ。
そのお祖母さんがギターを持っていたいと仰っている。

以前、私は友人に頼まれて長い間放置…といってもちゃんとハードケースには収まっていたのだが…されていたギターを綺麗にしたことがある。が、残念なことにきちんと手入れをせずに放置されていたので傷みがあったのだ。それを今日思い出した。

彼のお母さんはギターを一度こちらに持ってくると約束してくださった。
墓参りの前の私のささやかな供養である。

あのギターは元は私のだった。
二人であわせるために彼に売りつけたのである(^_^;)
が、彼は塾を去ってからもギターはあちこちで活躍したそうである。
やはり芸は身を助けるというのは本当でした…と、彼は私にそう言ったのである。

決して良いギター弾きとは言えないが、二人でよく稽古をしたものだ。
二人とも下戸だということも稽古に身が入った原因かもしれない。

彼はサザンが好きだった。
彼が歌うエリーを私は忘れることはない。
Trackback(-) comment*0 | 自分のこと
2013/08/12 (Mon) 10:00

なすときゅうり

徳岡家にお邪魔した。
初盆である。“どうしていいかわからない…”と仰っていたが心の篭ったお迎えの準備がなされていた。
迎え火をしたその夜に妹御の夢枕に彼が立った伺った。彼女はお兄ちゃんに自分のことが好きだったか?と訊いたそうである。すると彼は、好きだったよと答えたと言う。それをすでに就寝したお母さんを起こしてまで伝えたという。なんとも切ないお話である。
こうやってご一家は日常に戻っていかれても、彼の死の意味を繰り返し問い続けるに相違ない。それでいいと思う。
そして、その思い出話の色が褪せぬよう、時々お邪魔し奴の話を一緒にさせていただきたい。

仏前にわら細工?で作られた馬と牛が飾られていた。
早くこちらにきてもらい、帰りは牛に荷を乗せてゆっくりと…。
密やかな、そして心優しい供えである。
Trackback(-) comment*0 | ちょっとした話
2013/08/06 (Tue) 10:00

8月6日…

クマ塾の頃、8月6日辺りに合宿をしていることが多かった。
故に期間中、特別講座などと称して、戦争や原爆などのことを考える時間を取ったこともある。そのものずばり、広島に行き、岡山まで戻って合宿をしたこともある。

8月6日は徳ちゃんの誕生日でもあった。
365日のうちの一日。偶然と言えば、ただの偶然に過ぎないのだが、やはりこの日の重さは格別だ。

私は広島には数度行ったが、靖国には一度も行っていない。
行く機会はいくらでもあった。
靖国は足を踏み入れてはいけないかのような思い込みを刷り込まれていた。

麻生さんがやられている。
狂喜乱舞して、政治問題にしようとしているのは例によって朝日だ。
ほんと意味のわからん公器である。

AKBみたいに、社会の公器として信頼するに足るかどうか国民投票で決めたらどうか。
センターになった新聞だけが政治・外交について書いてよし!…みたいな(^_^)/~
なぜ、マスコミはいつも善であり、どんな根拠があって公平という幟を立てられるのか?
大朝日が書くと、嘘が真実になるのである。慰安婦問題がまさにそうではなないか。

こんな国は珍しい。
死ぬ気のない奴が自虐行為を続けているかのごとく、自らの体を痛めつけている。
“叩くべき敵”は明確にいるし、根拠もあるのに…だ。

二次大戦前後の日本の足跡を辿るのはいい。
が、それが形骸化したり商品化したりして、“夏の風物”になることは避けなければいけない。
Trackback(-) comment*0 | ちょっとした話
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