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2014/11/25 (Tue) 00:07

空気を売る

私の稼業は『空気を売る』稼業かも知れない。
子どもの『わからない』を解決してあげるのがその最大の商品なのだが、実はそれより何より、雰囲気とか場の空気で以て子どもを変えてゆくのが本業なのだろう。

だから、自分としてはできるだけ否定的な言葉を遣いたくないと思っている。
否定的な言葉は主に叱る時に出る。
叱る時はこちらがある種の嫌悪を持って叱っているのであるからごく自然に相手をやっつけるための否定的な言葉が出てくるわけだ。ここに注意が必要だ。

長い年月に渡ってそういう言葉を浴びせ続けられると子どもはどうなるか推して知るべしである。

子どもが親にしてくれるという言葉があるが、子どもの様子を見て自分を変えようとするオトナが減った。
何故かと言えば、その『オトナ』こそが否定的な言葉のシャワーで育ったからだと思っている。
DVを受けた子は我が子にDVをするというけれど、言葉も似ている。

魂をきちんとのっけた言葉で接したい。
追い詰められた時に吐く言葉こそが本性と思われる。
瀬戸際にあっても佇まいを崩さぬ人でありたいし、接した子にはそうなってほしい。
むろん、理想である。が、夢想でもない。
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Trackback(-) comment*0 | 塾のこと
2014/11/18 (Tue) 03:14

微かに...

思うところあって、プライベートネームだけ変えた。
『変えた』と言っても名刺とかハンドルネームだけなのだが。

最近、なんだか少し、違いが出てきたかもしれない。

取り敢えずはあとひと月はおとなしく、穏やかに暮らすと心に決めたのだが。
でも、ひと月経ってももう暴れるほど若くはない。気分的に少し肩の荷物をおろしてもいいかと思っている。

今年は支える年と占いにあった。とくに信じているわけでもないが、結構この言葉が自分にはまったので一年の計にしている。それも出口らしき光が漏れてきているのが見えた気がした。

同い年の友が何人も居なくなった。
好き放題生きられるほど優雅な生活ではないが、やっぱりせっかくだから少しでも楽しく生きたい。
大切な人が居てくれてと音楽ができればそれ以外は要らない。
Trackback(-) comment*0 | どーってことない話
2014/11/09 (Sun) 21:36

誰それに…

誰それに過ぎたる物が三つある。それは…などという言い回しがある。
そんなの他人のあんたに言われる筋合いはない(^_-)

自分にそんな言葉遊びを当てはめてみたらどうなるか。
過ぎたる物はないか。。。
欠けたる物は…ずかずか他人の中に分け入る面の皮(*^^)V

『不安だ』と言って来られる保護者を安心させたらダメだよ…とその昔言われたことがある。
とんでもない話である。
でもそれができる奴が蔓延っている。
Trackback(-) comment*0 | どーってことない話
2014/11/09 (Sun) 21:23

孤高と寡黙

ここ数年、年々歳々口数が減ってきている。
こんな仕事をしている割に口数が少ない。声も大きい方ではない。そして何より怒らなくなった。

面倒になった。
どうせ、説明しても深い理解は得られまい。
なら黙ってよ…。

人は勝手に自分像を作り上げ理解してくれる。
あの人はこんな人。。。

ふふふ。。。ま、ええか。
そんな浅い理解じゃ人生損するよ。
自分でクビ突っ込んで見て来なければ…。
Trackback(-) comment*0 | 一筆示し参らせ候
2014/11/09 (Sun) 01:11

怒ると叱る

仕事で対峙した子どもを怒ってはいけない。
叱らなければだめだ。この区別がなかなかに難しい。

この違いを体得すれば無駄に『怒らなくても』よくなる。しかし、難しい。

子どもを感情で怒って良いのは母親だけである。
なぜなら命をかけてこの世におとしてくれたのだからそれくらいの特権はよしとすべしであろう。
が、他方で母親ならしつけるだけで教えることからは引いていただきたい。

この二者を混同する、或いは区別できないがために今があると思う。

色々な学問が発展する中で、子どもを育てるという分野がどうもいけないように思う。
歳と共にその思いが強い。

余談だが。。
他の事なら大らかに見守られるのに、なぜ勉強となると話が違ってくるのかわからない。
勉強が出来ないからといって全人格が否定されるわけではないのに。。。

辛いことである。
Trackback(-) comment*0 | 子どものこと
2014/11/09 (Sun) 01:04

冷めた?飽きた?

マーチンの行き先がいよいよ決まった…と連絡をもらった。
ほぼ他人の物という感覚で居たので寂しさも大したことはない。委託だったのだがこのままかな?という気もしていた。
が、ここに来て決着が付いたそうだ。

このギターは四十代の自分の本当にいい友だちだった。
一種、拠り所と言ってよかった。こやつのお陰で気持ちが豊かになったり穏やかになったり、友人と楽しめたり。
私はアコギを二本もっていて、こちらはイギリス系のつんとすました淑女系と位置づけていた。
他方はアメリカのどこか街外れの場末のバーにでも居るような金髪娘…(^^ゞ

最初は淑女が大好きだった。
でもこの2年ほどまるでだめ。飽いたのか冷めたのか…。
すると相手も正直な物でいい音を出してくれなくなったのである。

身の回りにたくさんのものを置かなければ楽しくない時期は過ぎたのかもしれない。
Trackback(-) comment*0 | どーってことない話
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