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2009/08/10 (Mon) 02:16

合宿

私は合宿の案内にいつも記している。
学習は講習でするものである。合宿は目に見えないテキストをこなしにいくものだ…と。
年々歳々その思いは強いものになっている。

しかし、だからと言ってクマ塾の合宿が何か専門的な教育システムを採用し、精神面を鍛えるプログラムを組んでいるかと言えば、そうではない。
親元から離れ、集団生活をするだけである。
その中で色々な経験をし、それを乗り越えることで自信を付けてもらいたいのである。

ナーバスになって泣いてしまう子もいる。
普段殆ど喋らないのに、びっくりするくらいべらべら喋る子もいる。
ご飯の食べ方、部屋の片づけ、机上の整理、友達との接し方、タテの関係…こちらが感心するくらい色んなことがある。それをすくい上げて子ども達の前に並べ、そして皆で考えてゆく。あるいは有無を言わさず捻り潰す…実際そういうことも少なくない。

殊更に小さくなる必要もないが、かといって脚を広げて座るのは行儀が悪いではないか。
つまり社会の縮図がここにある。

我々の時代は世間が貧しかった。日本が発展途上だったからだ。
だからこそ『当たり前の教育』が自然にできていた。
ところが今はそうではない。昭和がレトロと呼ばれるに至って、私ら世代から言わせれば、新人類と言えるような言葉の通じない日本人が増えたのである。
日本は繁栄を極め、それがために公達のような子女も少なからず居る。
中学受験の国語などに戦後の混乱や戦争の悲惨さ、貧困の辛さ…そういった題材の出題があるが、授業で扱うにつけ、虚しさを感ぜずには居られない。

ま、それは兎も角。集団生活。
小さな衝突や小さな感激がたくさんある。
学年を越えた連帯感ができる。
下は上を、上は下を見る。勿論、年齢のことである。

IMG_6779.jpg


自分が小学生だった頃、できなかったことを教えている中高生を見ている私は、祖父母感覚である。
自分が教えた子がその下の子に教えてくれているのである。
これが上手だったりすると堪らなく嬉しい。

_MG_7400.jpg


本当は漢方薬みたいなものなのだろうが、特効薬のような効き目を期待する。
その気持ちは子を持つ親としてわからなくはない。
が、そんなにすぐに変われる子は居ないのである。

心を開けっぴろげにした笑顔。
まずはこれが大切である。

line_7096.jpg
Trackback(-) comment*2 | 塾のこと
comment
ピニョン #-
お疲れさまでした
クロンボ大会が言葉狩りの結果廃れてしまったのか、そういう子が消えてしまったせいで消滅したのか分かりませんが、夏休みの勲章は日焼けだった時代がありましたね。昭和7年の「昭和の子供」という歌では「昭和の子供よ僕達は、姿もきりり、心もきりり」とか「大きなのぞみ、あかるい心」、「元気なからだ、みなぎる力」などと歌われていたようですが、それらを獲得させていたのは大人たちです。平成の子供たちへ大人たちは何を見せ、何を感じさせているでしょうか。
満月が出た時は言葉でできないほどの感動があったことと思います。きっとその月を生涯忘れることはないでしょう。皆、月を特別のものとして焼き付けて、月を見る度思い起こすでしょう。クマ塾の夏休みレポートで私も一緒にそこにいて、昔を思い出したりしています。
2009/08/20(木) 02:04:42 | URL | edit
kuma #-
ありがとうございます
さり気ないビニョンさんの言葉で、忘れていたものを思い出しました。
肩肘を張らない勇気というのでしょうか。或いは真っ当な良識と言えばよいのでしょうか…。

私、クロンボ大会で3位に入ったことがあります。
兄貴に、『お前、どっちが前か後ろかわからんくらいよく焼けてるな!』って馬鹿にされて出たんです(笑)

やっぱり、立ち位置は間違ってなかった…そう確信できました。
ほんとにありがとうございます。嬉しい、温かいコメントを戴きましたm(_ _)m
2009/08/20(木) 03:57:27 | URL | edit
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