2009/12/27 (Sun) 02:41

打ち込む

十歳そこそこの子どもに膨大な量の学習を強いている。
とりもなおさず、相手である学校がそれを求めているからである。
要求レベルは決して低くはない。
大人顔負けの知識量が必要であり、算数などは柔軟な思考力がなければ合格点は取れない。

しかし、そういう状況だからこそ、私は敢えて適量に絞り、良問を与えたい。
結果オーライではなく、過程を重視した学習をしてもらうことで先につなげてゆきたい。

たくさんやって安心するのは大人である。
間違った問題を丁寧にやり直して、地力をつけてもらいたい。
そしてそのことこそが将来に絶対に役に立つと確信している。

フツーの人間は間違える。間違えた後に差が出る。
今の日本は、ここが弱い。なぜか?
教育がその苗床を作らないからである。
間違いこそ最良の教材である。

しかし現実はむしろ逆で、失敗することなかれ式である。
失敗することを極度に恐れる先生と保護者である。
骨折した骨は強くなるのに…。

日本中探してもなかなか本物の教育が見つけられない。
皆が教育と見誤っているのは訓練である。

先のエントリーにも書いたのだが、なぜ自らを塾と呼称しなかたのかを悔やんである。
学園とか、~会という呼称がうそっぽい。

子どもたちには打ち込んでほしい。
何かひとつの道に精通しようと思うならば、打ち込まなければ大成などしない。
そして打ち込んでやれば、成績など絶対後から付いてくる。

成績という名の安物の服を来たエリートもどきがやたらと目に付くのである。
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