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2010/04/12 (Mon) 03:19

弊害

私がこの仕事に就いた頃というのは、子どもたちは素直というか素朴なものだった。
30年以上の歳月を経て、驚くほど様相は違ってしまった。

子ども達の周辺には利器があふれ、工夫をしなくなった。
ITが普及した分、情報は溢れるほど手にできるが、人の言葉が重みをなくしたように思う。

そして、留めはケータイである。
携帯できる電話、携帯できるステレオ、携帯できるゲーム。
人はどんどん個人主義に傾いていった。

ステレオで耳を塞ぎ、電話とゲームで隣人から目を背けた。
横で何が起こっていようがお構いなし。
自分がすべてになった。

そして、当然の結果として、人との接触を嫌がる人(子)が増えた。

団体競技でありながら遠征はホテルが人気という。
本来マスで受ける講義を個別で受ける。
『理科実験も個別です』な~んてへいちゃらである。

『先生』が『生徒』に遠慮し、迎合する。
嫌がられたら交代させられポストを失うからだ。

高じると立場が逆転する。

そんな風潮からか、クマ塾でも『でもな星人』を見受けるようになった。
しかし、星人にとって、不幸なことにクマは迎合どころか、帝国の逆襲を試みる(^_^)/

クマ塾でクマのトークにのっけから『でもな』を冠して来るなら、クマ塾になんか来る必要性はない。

行間にこそ、真理があることも少なくない。
人の話もろくにきけないで、何が学びかと思う次第。
Trackback(-) comment*2 | 塾のこと
comment
おっくん #-
でもな星人ww
いますね~。きっとおうちで『けどな』とかぶせられ、否定され続けてきたんでしょうね。
星人はお子たちのみならず、いいトシした社会人にも結構います。
会議はもちろん、茶飲み話ですらとりあえず否定してみる…そうすることで自分の存在意義を声高に主張する。
そんな方は自己偏愛に必死ですから、まわりの空気なんて読めるはずもなくドン引きされていても気がつかない。
そうして自ら遠ざけた『勝機』を人のせい、運のせい…お気の毒な限りです。
しかし、こうした発想は子どもたちの体内から自然発生する性質のものであるとはとても思えません。
この悪しき連鎖の源流をたどれば、戦後の混乱期の『生きんがための言い訳』にまで遡るように、最近の車内マナーを眺めてしみじみ感じています。
2010/04/13(火) 16:29:20 | URL | edit
kuma #-
『でもな…』という言葉を
独立語のように使う人がいます。
当のご本人は別段悪気はにのでしょうが、まじめに会話を心がけているこちらはテンションが下がってしまいます。

でもな…と文頭に持ってきて、取り敢えず気を引く…。
その程度の中身しかないのですけどね。
2010/04/14(水) 01:24:14 | URL | edit
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