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2010/06/19 (Sat) 02:33

刷り込み

私は母子家庭で育った。四人兄弟の末っ子である。私だけが少年期を母子家庭ですごした。
当時、私の通う小学校は8クラスあり、毎年新学期に名簿が配られた。
学年、クラス、児童氏名、保護者名(両親)、住所、電話番号。
今なら名簿屋の垂涎ものである。

その名簿。
これを見るのが辛かった。
私以外に父親の居ない家庭は一つ。
そこのうちは死別だった。

このウジウジ感に私は苛まれた。
母親は、そんな私に半ば父親として接し、躾けた。
くどくはなかったが、いつも、こう言われた。
『離婚しただけで十分世間様の笑い者や。これで子どもが何かしでかしたら恥じの上塗り。わかってるやろうな!?わてに恥をかかせたら承知しませんで!』
最早躾けの枠を超えている。脅迫に近い。

が、これが私を支えてくれた。
今となっては感謝している。

なんと辛抱のない世の中。親がいけない。

親が成熟せねば、子が伸びるわけがない。

小さくなれ。
胸を張って踏ん反りかえって歩くな。
外股厳禁。
飯はいつの間にか食え。
音を立てるな。文句は言わせぬ。

江戸時代の農民でも生き抜いたかもしれない。
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