2011/03/14 (Mon) 02:21

播種

私は範疇に分ければ、“塾屋”である。
子どもに勉強お教えることを生業にしている。
で、子どもは私から何某かのことを受け取り、先の学校へ進んでゆく。
もう、クマ塾の1期生は社会人3年目に入る。

上は社会人から大学生、高校生とクマ塾の卒業生が顔を見せてくれる。
見せてくれる子は私から何かを持って行ってくれた子だと思っている。
いや、来ない子も持っていったのだろうが、あえて見せに来ないだけかもしれない。
ま、ともかくここはやはり“古巣”であり、一種母校めいているかもしれない。

目の前に居る子、私を頼ってくれる子に幸せになってほしい。
私の願いはその一点。
だから、たくさん話をする。
世の中や人を語り、あるときは叱り飛ばし、厳しすぎる言葉も浴びせる。
が、ここんとこを逃げないで受け止められる子は、何事もスムーズにこなしてゆくようだ。

人を邪推したり足を引っ張ったりしない人がひどい目に遭うはずはないというのが私の持論。
そのためにはぶれない自分が要る。
ぶれない自分になるためには見る力、考える力が要る。
それは子ども時代のすごし方で大きな違いとなって現れる。

関西の某国立大の医学部を見ればよい。
優秀な学生の集まりである。
が、内部で起こっている事はと言えばお粗末の限り。
何故か。明々白々である。

全員が偏差値60を越えることはできない。
また越える必要もない。

が、しかし。
強くて優しい心は全員が持って欲しい。
何かの時に善が前に出る人で居てほしい。

学びはそのためにあるのではないか?
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