2011/06/03 (Fri) 02:25

教えすぎ

私は補習という言葉も講座も嫌いである。自らの不足を認めたことになるからだ。今、学校は補習だらけ。出来ていても補習。出来が悪けりゃ補習。だが、恐らく実施者ほど受講者はためになってる感はないはずだ。
それよりも実際にやらせてみる。できるだけ手本も簡略化し、まずやらせてみる。上から授けるのでなく、思考過程で『遊んであげる』。これがなかなかできない。

いかにも丁寧然として、面倒みてやってる風で実は子どもの自らやろうとする気を削いでいる。
補習に呼ばれる。その席に着いてりゃあとは先生がみなリードしてくれる。
今の学校のほとんどは外野のそういう『面倒見』を求める声に屈し、サービス満点である。が、実は生徒は、特に伸び悩んでいる生徒はそれでは救われない。

自らやってみてできないところをみてほしいのだ。
ところがサービスがよすぎて、自己分析できない。さらに言えばそれを続けていくうちに指示待ち症候群になる。

で、先生はぼやく。
最近の子は自主性がないなぁ。何を求めているかわからない。。。。

そりゃわかんないでしょうに。
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