2011/07/29 (Fri) 03:04

match the hatch

公立学校の先生で病気退職した人の60%が精神を病んでの退職だという。心からご同情申し上げる。愚息が公立の先生になるまでのハードルの高さを見てきた。それをかなぐり捨てて辞めるというのだからかなりの症状だろう。文科省は長時間や過酷な事務作業としているが、それだけではないはずだ。教室運営や生徒指導、そして保護者との応対。先生になろうと思うとかなり勉強せねばならず、多岐に渡る研修は受けるにしても、いざ教壇に立ってみたら、“テキストには載っていない子”がわんさかいて、思うようにいかない。正論を吐けば吐いたで叩かれる。およそ私などの知っている教場とはわけが違っているのだろう。

私は、あの給食費“不払い”という言葉を認めた気弱さがここに来て付けになっていると思う。遡れば、不登校もそうである。払わねばならぬ、行かねばならぬもの…それをできないのに、積極的に“不”という否定語を冠するこれはおかしい。また、経済的な理由でできないのならそこは国が救済してくれる。日本では金はなくとも教育はなんとかなるのである。要は、する気がないのだ。ご無体なことを言って来る御仁に太刀打ちできる人は多くはないだろう。

最近の話では、色々な支援の結果、私学においても求心力がなくなってきているという。子供を守るのはいい。しかし手を出しすぎるのではないか?サービスがありがたがられるのは最初だけである。慣れると、しなかった時に文句を言われる。先生が先生としていい意味で君臨しなければ教場の秩序は保てない。そういう意味で教育現場の先生方の苦心は如何ばかりかと推察申し上げる次第。

私が子ども達に昔ほど厳しくなくなったのもこれと決して無関係ではない。
困った時代である。
Trackback(-) comment*0 | 一筆示し参らせ候
comment
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
profil
archive