2011/08/24 (Wed) 01:31

話すということ

一般的には授業中に“話す”というのはあまりしてはいけない。講義で説明するのとは違うのである。しかし、私はもう長らくこの話すということを授業中にしているし、子ども達にもしてもらう。
それは子どもの話し言葉を聞きたいという気持ちもあるが、やはり意思伝達は相手の話を聞き、それを受けて答えるというキャッチボールであるから、話すということは授業には不可欠と考えている。
誘導して正解を喋らせるのとは違う。無駄話になってもいい。無駄だと思ったら切れば良い。

子ども達に説明してもらうのも面白いし効果がある。
横で聞いていて、感心することがある。よくそこまで理路整然と説明できるものだ…と。
また、“あ、わかっとらんな”ということも少ないない。そんな時は勿論補足を入れる。

宿題チェックをしている時もこれはという重要問題が出てきたら、時として子どもに説明してもらう。
宿題ではきれいに解いているのに、説明があやふやなこともある。そんな時はさりげなく説明に入る。

宿題チェック、私は嫌いである。中身を見ずしてサインやはんこを押す。愚の骨頂。
どうせするなら踏み込んでやりたい。すると時間がかかる。だから本当はしたくない。
子どもを疑う気持ちで見たくないという甘ちゃんなのである。
しかし、実は子どもの方には強かな子も居なくはない。

虚虚実実、ということか。
押さば引け。引かば押せ…そんな呼吸もいいかもしれない。

最近、6年が喧しいほどよく喋るようになった。
しばらく、ニコニコしながら放置しておく積り。
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