2012/07/26 (Thu) 10:40

定義

大津のいじめ自殺事件以来、全国のあちこち(郊外が多いのは何故だろう?)からいじめ事件が湧き出してきた。
愉快犯じゃないが、一種の連鎖反応なのだろうか。

初めて『いじめ』という言葉が定義されてもう何年だろう。我々昭和人にはなかった事態である。そして、『いじめ』が定義されて以降、この言葉を逆手に取って利用しているのが実は大津の事件であり、重大ないじめ事件なのではないだろうか?

もっと厳罰に処するべきである。人の子を死に追いやるほど苛め抜き、苦痛を与え、自殺に追い込んだような人間の未来を保全してやる必要はあるんだろうか。明らかに傷害罪であり、突き詰めれば自殺するとわかっていてそれをやり続けた罪はけっして『いじめでした。ごめんなさい』では済まされない。

実は、子どもの世界は大人が考えるより冷酷な部分が多い。それを子どもだから…と甘えているのは実は大人である。大津の事件。自殺した子の親御さんは徹底的に戦う姿勢である。応援したい。絶対に怯むべきではない。
一方で加害者側の子の親は、実態に目を瞑った。また現場近くに居て『暴行傷害』に頬かむりした学校、いじめをちゃんと調べなかった教育委員会や地元警察署にも大きな過失があった。当然責任を負うべきである。

こうやって並べてみると、自殺した子は皆にに寄って集って自殺に追い込まれた…そんな気さえしてくる。親御さんは腸が煮えくり返るような気持ちであろう。
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