2013/02/04 (Mon) 10:30

権威

アインシュタインがもし日本人として生まれていたら、平凡な男で終わってしまっていただろう。平凡と言うよりも落ちこぼれかもしれない。何故なら、彼は理数しかできなかったからだ。そんな話を聞いたことがある。
だから日本人でノーベル賞、それも理系関係で受賞する人は本当にえらい!
この間の山中先生などは二人で受賞だったが、その功績と将来性を考えれば10個くらい上げても足らないくらいだと思うし、人を助けるという意味では平和賞の価値も十分にある。
枕が長くなった。

だが世の中の殆どの人は山中先生のようではない。一芸を持っていれば十分幸せである。
ところがその一芸さえも学校と言う権威に阻まれて開花できないことの方が多い。
なぜ、ピアノを弾きたい人がセンター試験を受けねばならないのか。
なぜ、駆けっこや絵の好きな子に余計な負担を強いるのか。

スポーツや芸術のありかた、そしてそれをする人の育成の方法論を根本的に変えなければ、また桜宮高校のような悲劇は繰り返されるし、さらに言えば本当の天才を誕生させることはできない。

日本人という民族はミスを嫌う。故に組織はミスを起こさないようにということが至上命令になる。
よって、一人がブレイクするより、全体が及第点で終わるほうを採るわけである。
この教育論がいけない。

わかりきったことをあえて知らんぷりして書く。
何故、“私学”なのに国から助成金をもらうのであろうか?
もらった時点でもはや私学ではない。
であるのに、当校は他校とは違う…とどこの先生も言う。
何をかいわんやである。

日本の“学校”は芯から変わるべきである。
そのためには、勉学、スポーツ、芸術などの分野の位置づけについて根本的な見直しが要るのではなかろうか。
それをなくして、今起こっている諸問題を解決することは到底不可能である。
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