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2013/02/28 (Thu) 10:00

敬語と敬意

私は子どもに取って付けた様な敬語を使わせない。
仮に言葉はため語でも、行動を見ていればその子の中に敬意があるかどうかわかる。
もう一歩、手前で考えれば、自分が先生である。だから敬語を使えというのは傲慢以外の何物でもない。

先日、教えている子が私のところにやってきて話しかけた。
“クマやん、あのノート来た?”
“まだだよ。”
“うん、わかった…。じゃ、あとでね…”

私には何の引っ掛かりもない会話だ。
クマブログを見ていただいている方もそう感じてもらえるものだと思っている。

その子が私の席を離れ、部屋から出て行こうとした時、別の“えらい”先生がその子を呼び止めてこう言った。
“○○さん、先生とお話する時はもっと丁寧な言葉で話しなさい…”と。
その子ははいと言いながらうな垂れて部屋を出て行った。

これを読んだ方はどう思われるだろうか?

私はこう思う。
このえらい先生は敬意と敬語の関係がわかっていないのだと思う。
敬語は腹の中に敬意がなければだめだ。仮にあったとしても窮屈な敬語を使わせる必要はない。
機が熟せばちゃんと敬語は使える。
因みにこの子はノートを私に見せるとき、きちんと正面をこちらに向けて見せてくれる。
私に対する敬意はちゃんと払っている子である。

それを知らず、えらい先生は見かけだけでこの子を叱った。
しかるべきは本当は私だったのだろう。
二重の間違いをおかしている。

実は“センセイ族”にはこういう御仁が少なくない。
センセイはエライわけではない。ただ先に生まれただけである。
そう思えば物事を見誤ることはない…と、初めてこの業界に入ったときの大先輩が教えてくれた。
今更ながら意味深い言葉である。
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