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2013/06/08 (Sat) 01:12

痛惜

彼は19歳で私の前に現れました。初めからスムーズに人間関係ができていったわけではありません。
が、日が経つにつれ彼の持ち前の善良さと優しさに私は好感を抱き始めました。

数年が経ち、私は独立をしました。彼は一も二もなく私に付いて来てくれたのです。
クマ塾は彼が居なかったらあんなに元気で暖かい塾にはなれなかった。

でも私に傾倒しすぎた彼はご家族に大きな心配を掛けるような結果を招いてしまいました。
そしてその結果、彼は新しい道を見出し、一時私とは距離を置くことになりました。普通ならこれで縁が切れてしまうところですがそうはなりませんでした。

その後、今度は私の身の上に大きな変化が起こりました。その時も彼は色々と心を痛めてくれました。
こんなに優しい男はそんじょそこらには居ません。
彼は私のために何度も男泣きに泣いてくれたものです。

今でもよく覚えています。塾を立ち上げてすぐの頃、私はダンプに撥ねられました。悪運強い私は打撲と擦り傷だけで助かったのです。
数日休んで復帰しました。その夜、もう一人の友人と三人で珈琲をすすりながら、私は『ギター弾けるかな?』と愛器を持ち出し、弾きはじめました。ふと見ると彼がすすり泣きをしています。
『先生が無事でよかった…』と絞り上げるような声で言ってくれました。

塾の生徒達は本当に彼に可愛がってもらいました。彼の熱い言葉、救いのある叱咤激励…それはクマ塾そのものでもありました。
我が息子などは今自分があるのは彼の御蔭であると言い切ります。それほど周囲の子どもを彼は応援し、愛しんでくれました。そしてそれはひいては、クマ塾を愛し、私を大事に思ってくれている何よりの証だったのです。

Toku-chan.jpg

今週の水曜日夜、彼と会合を持つ約束していました。が、待てどくらせど彼は現れません。
何回も何回も電話を掛け、メールを送りました。が、杳として詳細のわからないまま一夜が明けました。

朝起きてメールに気が付きました。彼のケータイからのメールでした。
『家の者です。番号がわからないのでお電話いただけますか?』と。
もう、ただ事ではないことに気が付きました。

電話でお母様とお話をし、詳細がわかりました。
約束していた水曜の朝には彼はもうこの世の人ではなくなっていたのです。自ら命を絶ったとのことでした。
まさかとも思わなかった…。

前週会った際も、前日火曜の夜の電話でも、いつもの彼に私には思えたのです。
一体、彼にどのような重石が圧し掛かっていたのでしょうか…。
いくら考えても私などにはわかりません。

悔やんでも悔やんでも悔やみきれません。もしかしたらまた一緒に仕事ができるかもしれないね…。
そんな事を言い合って別れたばかり。

私にとって彼はときに弟のような、息子のような、生徒のようなそんな愛すべき男でした。
よく一緒に歌った桑田の歌。もう二度と聴くことができなくなってしまいました。

随分迷いましたが、やはり鎮魂の意味を込めて、そして彼に指導を受けた子達に彼を偲んで欲しくてこれを投稿します。

残念です。本当に残念です。
最期の時を想像すると胸が痛みます。

どうか、安らかに眠ってください。
徳ちゃん、今まで本当にありがとうね。あなたは本当によくしてくれました。一生忘れません。
Trackback(-) comment*0 | 塾のこと
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