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2013/07/20 (Sat) 10:10

新人種

私は脳科学者でも心理学者でもないから難しい話はできない。
ただ毎日子どもに対峙していてやはり昭和の子どもと平成の子どもの差は厳然としてあり、その分岐点はウォークマンだと思っている。この機械が登場し、周囲をシャットアウトするという風潮が生まれた。
その下地ができた上にケータイが登場した。

耳は音楽で覆い、目はたった数インチの画面に釘付けにされた。
飛躍が過ぎるかもしれないが、他者に冷たい風潮はこうやって出来上がって行った面もあるはずだ。

ケータイは恋と別れ、そしていじめを短兵急にした。
そして何よりかより、スマホである。ケータイよりもさらに依存度が高く、凝視の度合いも高い。よってこれが事故の原因となるのは明々白々だった。

そのスマホという苗床にアプリが植わる。ゲームやLINE。
このLINEってやつは大人も夢中にさせるようだ。相手が見たどうかわかる。言い換えれば早く見て返さなければ遅いと言われ、やがてはみごにされる。だからつい長時間になる。

一つ解せないことがある。ケータイとは元々パーソナルな繋がりを持つための機械である。
が、その“個”を尊重する機械で“たくさんの人と繋がろう!”ってのがSNSである。明らかに真逆である。

勿論、悪い面ばかりでもない。が悪用されやすい特性を抱えているし、その強い常習性からなかなか脱却できないと思う。どうしてこんな危険物に高いお金をだして、“大切なわが子”に与えるのだろうか。私は理解に苦しむ。

もう一つ。公立ならいざ知らず、高い金出して預けた私学は、もうそろそろ毅然とした賢明な対策に打って出るべきではないか。見てみぬ振りはずるい。そして、立派な人材を輩出したいというパンフの文言に嘘がないなら、この難敵をやっつけるべしである。

しかし、実際は親と子に迎合し、なかなか毅然と対処できないものだ。
学校とはそんなものでいいのか。
Trackback(-) comment*2 | 分けられぬこと
comment
ソレド #-
No title
文化から見ると新しい文明は異質かも知れませんね。
スマホは発展途上国から見ると大変な可能性を秘め、
特に教育と経済に寄与すること甚大です。
いっときあったワープロ専用機、
パソコンはすでにあのような位置にあって、
もうみんなスマホでやれるようにならないとダメかも知れません。
功罪はともかくとして、スマホはそういう位置にあります。

いつの時代でも、世界中のどの場所でも同じ事が言えるか、
と考えた時に、発展途上国はちょっと違うぞ、
という面白さがあるのです。
経済という大きなフレームのことは別にしての話です。

好意的な言い方をすれば社会参加欲は本能です。
これをうまく利用しましたね。
信長が生前名前で呼ばれなかったはずであるように、
本名でなんぞやらかすというのは、新しい文明に抵抗する文明の遺産として、
まだ役に立っているような気もするんですが、
経済という化け物が誘惑を止めないんですね。
2013/07/26(金) 17:36:42 | URL | edit
kuma #-
Re: No title
久々にソレド節を拝聴した感があります。懐かしいです(^_^)v
どこからでも食いつけそうで、どこも崩せない…。ソレドさんの投稿やコメントを前に、悶々とモニターを眺めたことが何度もありましたっけ。。。

でもやっぱりR-18、いやせめてR-15指定にしなきゃ、ある特定の層の子どもを除いて大半の子が潰れちゃいます。もう目に見えるようなんです。怖い。。。

夏休みを前に学校から配られる注意と題された書面。綿々とケータイやスマホの怖さが語られています。が、何一つ具体的な解決策が見当たらない。
そこには“やるなら勝手にどうぞ”と炙り出しで書いてある。
私はその冷たさにふるえます。
2013/07/28(日) 01:51:40 | URL | edit
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