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2014/04/15 (Tue) 03:03

私は1955年の産であるから、所謂ビートルズエイジではない。
8つ上の兄がファンで自然にファンになっていた。
思い起こせばこの兄から刺激をたくさんもらっている。
音楽、書写、釣り、ボウリング、クルマ…残念ながら兄とは没交渉になっている。
正確に言えば行方不明なのである。
兄弟づきあいをしていればきっと楽しかったことだろう。

小学5年の冬休みだったと思うのだが、ある日兄に言われた。
“タカ、お年玉出せ”
“え?あ、うん…”
“ええもん買うてきたる”
要は兄貴は金がなかった。

夜、外人の4人組がスタジオらしきところで演奏しているのを上から映したジャケットのアルバムを買ってきた。
『ビートルズがやって来る ヤァヤァヤァ!』
ん?なんじゃそれ?

でも、そのアルバムの1曲目のあの『ジャーン!』で私のその後が決まったのである。
だからといって外国に行ったわけでも、音楽教室に通ったわけでもない。
が、私の人生が決まったのである。

ビートルズを見ながら歩いて行く…そう決めた。
そんな私にとってメンバーであったジョンの死は、単なる外国のミュージシャンの死ではなかった。
世界がつまらなくなった。
いや、解散していたのですでにつまらなくなっていたのだが、これで完全にアウトになったわけである。

最近、ポールが痛々しいほど元気である。
シビアに言えば、昔の名前で出ているだけである。もう彼が与える影響力は失せている。
よってコンサートに行こうとも思わない。

だが、こう考えてしまう。

ポールが死んだらどうなるだろう…と。

彼は私にとっては神様なのである。
彼が死んだら私の神が居なくなるのである。

サー ジェームス ポール マッカートニー。
紛れもなく世界人類遺産である。
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