2007/03/24 (Sat) 22:30

表意文字

今日、社会で明治時代の政治や外交のところを講義した。
江戸末期に結んだ不平等条約、日米修好通商条約の改正が明治新政府の課題なのだが、
じゃ、何が不平等で、どう変えてほしいのか、それを訊いてみた。

出ない。

問答していても出ないので、2点を挙げた。
1:関税自主権がない
2:治外法権を認めた

この漢字を見て、漢字に対する直感力がある子はピンと来る。
漢字というのは、だから凝縮された美があり、煎じ詰めた知がある。

「関税」を「自主的」に決める「権利」がないわけだ。
他方は、「治めた」国の「法」以「外」の法で裁く権利である。
日本に滞在する外人には日本の法を適用せず、母国の法で裁く。
依怙贔屓になる。刑が軽くなる。当たり前だ。

ま、そんなことをぐだぐだと述べた。
述べながら、彼らが如何に字面だけを負った勉強をしているかがわかった。

これは一朝一夕の業ではない。
低学年時から漢字を見て意味を探るという訓練を怠ってきた。
だから、漢字に隠された意味を知らない。

そういう子にとって、ひらがなもカタカナも漢字も大した違いはない。
「ふくざわゆきち」と真顔で書けるわけだし、居心地も悪くない。

私にとってはもうこれは異文化に近い。
恐ろしいことになっているのである。
Trackback(-) comment*0 | 分けられぬこと
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