2007/03/26 (Mon) 19:00

焼き上がり

以前、卒業生が昆陽陶房(こやとうぼう)で、土捏ね体験をさせてもらった。今日、その時の作品をいただいてきた。
koya_tutikone

右と真ん中が卒業生の作品。
左は巨匠の模範作品。

ほんとに当たり前なのだが、横で見ていて不思議だった。
土に命が吹き込まれたように…そんな表現がぴったりだ。
あっという間に器が姿を現す。。。
焼き上がってきて、手にした時気が付くことがある。
それは陶器の重さである。

巨匠のは軽い。
素人が作ったものは重いのだ。

形にしたものを乾かして、焼く。
土の水分がなくなって、軽くなって小さくなる。


手で捏ねた器も素晴らしいが、やはり我々素人が見て驚嘆するのは
ロクロである。
あれは絶対土が生きている。
ロクロ

彼の器を見ていていつも答えがわかっている質問をする。
“なんで同じ大きさになるの?何かゲージでもあるの?”
“(笑)ないよ。手の感覚…。”

見事に同じなのである。
それって、寿司屋の大将が握ったシャリの粒がいつも同じ数ってのに似てるんだろうな。

意のままに…。
そんな感じがする。

土が形になることを陶匠に訴える…そんな気さえしてくる。
Trackback(-) comment*2 | 分けられぬこと
comment
おっくん #-
温みが
画像を通しても伝わってきます。
とある仏師の方が『彫るんやなく、ホトケさんを埋まったはる木から掘り出すんです。』と仰ってたのを思い出しました。
2007/03/27(火) 02:21:11 | URL | edit
kuma #-
そうでしょ?!
また磁器とは違う味わいがありますね。
気のせいか、味まで違うように感じます。
料理や飲み物によって時々に器を変える民族性。
それが焼き物を発展させたのですね。
ところで、木に埋まった仏さんが仏師に掘りだしてくれと頼んだから…という話。運慶だと思っていました。
2007/03/27(火) 10:28:51 | URL | edit
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