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2007/05/18 (Fri) 04:11

対処療法  ~情の教育#2に添えて~

このブログでも何度も吼えている。

何か事件が起こる。当事者の周囲が動揺する。

心のケアーが重視される。

実は一番重視されるべきは被害者である。

及び善意の家族である。このことが忘れられているのではないか?


17才の殺人犯のお父さん、二人の弟君は

一体これからどれほど重い十字架を背負って生きて行かねばならぬか?

17才にもなってそんなことも判断できぬのかと

私は責めたい。

否、心神喪失状態で…。

馬鹿を言ってはいけない。

殺人は冷酷に準備し、犯行後も落ち着き払って時を過ごしている。

そんな奴がなんで心神喪失状態なんだろうか?

十二分に責任能力があるはずだ。


社会が豊かになれば、問題解決力が上がる。

動きも早くなる。

確かに日本はそうだ。

しかし、こと少年犯罪に限って言えば、事件毎に凶悪、猟奇化している。

ここでもゲームをやり玉にあげて、話の落ちにしようというのではないが

小さいことからバトルばかりしていると、現実と空想の区別が付かぬと

いう、あの言われ通りの事象が起こるのではないのか?


ゲームとはいえ…相手を倒す。血しぶきを上げて倒れて行く。

実にリアルな絵柄。

でも、コインを入れれば、『新しいゲーム』が始まる。

『殺すのは誰でもよかった』…なんと人間の情を感じさせない言葉か。

これなら、『母親が憎くて、憎くて辛抱できなかった』という動機の方

が、まだしもである。

対処療法でなく、根治…いや、子どもへの接し方から見直すべきである。

少子化である。

手が足らぬはずはない。

アジア屈指の豊かな国。

カネがないわけでもあるまい。

ないのは、他者へを思いやる気持ちである。

問題は急務と思われる。
Trackback(-) comment*0 | 分けられぬこと
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