2007/05/27 (Sun) 03:39

広告塔

コンビニに行った。
よく利用するコンビニである。

レジーがよく混む。
店員はいつもどこかの商品棚のチェックなり、整頓をし、
一人がレジーだ。
混んでくる。イライラする。

そんなとき...
色々な感情がむき出しになる。

近隣にある、女子校の制服ちゃんが、私の並んでいる真横に並んだ。
割り込みではない。
意味もなく真横に並んだのである。

仕事柄どこで教え子に会うかわからない。
ん?と思ってその子に目を向けた。
知らん顔。

なんで、真横に並ぶ必要があるのかわからなかった。
思わず、学校を確認した。
いつぞや、このコンビニから男子校生がくわえたばこで出てきたという記事を書いたことがある。
その学校は昔はよく先生が街に出て、生徒指導を行っていたという話だった。今はしていないんだろうか。

そんな具合で、生徒は動く看板となって世間に散って行く。
私学の場合は広範囲から学校に集結し、また自宅までの色々な沿線に
その“評判”をまき散らして帰る。

守備範囲が広くて大変だろうが、偶には街に出て
色々な場所を見て歩く必要があるのではないだろうか?

私などが見ていても、“おいっ!そらあかんやろ!”と注意したくなるケースに出くわすことがある。
高邁な教育理念も、まずは地味な生徒指導からである。


ところで…。
今の子は言葉を知らない。
表現系も貧相である。
そんな子ども達の意思伝達を額面通りに受け取ってはいけない。

こういう観点を持つだけで、いじめの10%くらいは現象するはずだと考えている。

子どもだけではなく、大人も巧みな言葉回しに弱い。
大阪では“特進”、“英数”、“医進”という言葉にすこぶる弱い。
これに“スーパー”の冠を被せればイチコロである。

そんなんじゃなく、うちの学校にきたら、こういう躾をまず徹底します…私ならこれに弱い。

例えば、掃除などはどうだろう?
それに生徒自治。

生徒に自治させる…なんて言うとすぐ産学云々となるが、そんな大仰な物は要らぬ。
生徒主宰で何かさせればいいのである。

私学は時間的なアドバンテージがある。
この有利さを何故謳歌しないのか。
甚だ不思議である。

できる奴は遊びも上手い。
よく工夫して遊べるということは才知である。

どこか、私にこういう企画を立てさせる
余裕のある学校はないものか…ヘ('∇'*)
Trackback(-) comment*0 | 分けられぬこと
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