2007/07/02 (Mon) 16:43

時代劇

年の所為なのか、最近は時代劇がいい。

史実を“元”にした歴史小説は勿論好きだが、
過去に私は司馬マジックに引っかかっている。
それは十一番目の志士である。
あまりに巧妙に仕掛けられた大嘘にまんまとしてやられたのである。
主人公が実在しなかったなんて…。私とはそれ程のあほうなのである。
逆に、あれ以来創作性というものを楽しめるようになったかもしれない。
創作はしていずとも、多分に想像性で出来上がっているなと感じながら余裕をもって読めるようになった。

例えば、新撰組の吉村貫一郎がそうだ。
新撰組の生き証人に会えて取材できたという子母澤寛さんが、吉村貫一郎を作り上げていき、それが“元になって”あの話(壬生義士伝)ができあがっている…らしい。

私としては物語を映画化した時に多少の重厚感がほしいのである。
それは時代考証である。

私はちょっとした“遊び”が許せない時がある。
時代考証にも限界があろうが、それを無視した遊びは許せないのだ。

前に華麗なる一族のTVドラマのことを書いた際に、どこぞのキムタク教の人が噛みついてきた。
ファン意識としては理解できなくもないが、
こういう御仁が厳然と居るから、制作サイドがそれに阿ることになる。


武士の一分を見た。
勿論レンタルDVDで、である。
藤沢修平原作である。

この人の作品には東北が出てくる。
庄内藩がモデルらしい。故郷が鶴岡市であるらしい。
さもありなむ…である。

それはいい。
同じ修平作品の“蝉しぐれ”は楽しめた。
最後の別れのシーンなどは胸にせまるものすらある。
作り物とわかった上での、それでも感動である。

それが映画のいいところだ。
気持ちよく笑ったり、泣いたりしたいではないか。

しかし、あまりにも“まずは配役ありき”で制作された売らんかな映画の感が否めない。
キムタク扮する主人公がいつ何時、
“おいっ!ちょっと待てよ~”と言い出さないかとヒヤヒヤして見ていた。
少なくとも、“あなた” と “アホ!”はいけない。
いくら作り物でも、それはいけない。

私はキムタクに敵意もライバル心も抱いてはいない。
寧ろ、お人形さんアイドルの多い中、さらなる健闘を祈りたいくらいである。
だからこんな映画に出ててはいけない。
そんな暇があったら、ギターでも稽古すべきだ。

このDVDを借りる際、色んなDVDを見ていてふと目に止まったのが
◎○映画祭なんとか賞受賞作品!ってやつ。
タケシの座頭市以来、これほど嘘っぽい権威もなかろうと思い始めている。

刀を振るうなら、萬屋錦之介ほどに艶やかにやってほしいものである。
Trackback(-) comment*0 | 分けられぬこと
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