2007/08/26 (Sun) 04:44

ウィンブルドン

イギリスのお国柄か、かの地はお堅いことが好きなようだ。

ロンドンにセビルロードというところがある。
ここにテーラーがたくさんあって、これが“背広”の語源になっているというのだが、この一画にかのビートルズが作ったアップルビルがあった。
解散直前、映画を作っていた彼らは興が乗り、そのビルの屋上でミニライブをやった。
これがこの周辺の堅物方の間で何十年にも渡って物議をかもしていたという。

代える必要のないものは頑なに代えない。
私はそういう考え方を賞賛したい。

こんなお堅い国柄だからこそ世界を席巻するようなアーティストが出るのだと思う。
テニスの大会、全英オープン。
いわゆるウィンブルドンである。
ここもまた権威が高い分、世界一お堅いという。
アメリカでどんなにじゃじゃ馬でも、この大会に出たらバレリーナよろしく挨拶して退場する。

どんなにファッションをリードし、身につけているもので惹きつけようとしても、ここでは通用しない。ウェアは白で…。

誰も文句を言わない。出られてことを光栄に思い、ひたすら従順でお行儀が良い。これを権威と呼ぶのである。

話のレベルが格段に落ちるのだが…。
私の伯父は関東人で背筋のピンと伸びた明治男だった。
ちゃきちゃきの江戸っ子のような舌足らずな関東弁を終始話した人だ。

この人と飯を食うと緊張した。
ありとあらゆる古来の作法にうるさい人だった。
今の子ども達がもしこの人と飯を食ったら大変なことになろう。

私は子どもの頃、決して行儀のよい子どもではなかった。
が、何故かこの伯父と飯を食うのは苦痛ではなかった。

好きか嫌いか、要るか要らぬか、するかせぬか…。
そういう白黒を即断せぬ者にきつかった。

今や、何でもありの世の中に成り下がった。
そんなご無理、ご無体、容赦願いたいような御仁をよく見かける。
それが情けないことには、老若男女不問のことである。
列を守らない中国人を今の日本人は批判できない。

我々はもう一度“敷居の高さ”ということについて勉強しなおそうではないか。可哀想だからこそぴしゃりとはねつける…。
その暖かいボディーブロウは、後で必ず効いてくる。
これを“教育”と呼ぶのである。

どこの大学に何人通したかということは教育ではないのである。
大学では人格形成などできない。
大学に入った時はすでに人格ができていて、大人としての学びが出来るように中高で育てておかなければならない。

無論、中高からしたらイタチごっこの感は否めないだろう。
が、やりようでどうにかなるはずである。

偏差値だけを上げる“キョウイク”…。
その水ですいすい泳ぐ処理能力の高い逸材…。
そやつらが牛耳る世間。

早く路線を代えねば、温暖化よりも手強い相手なのである。
何せ自爆装置付きである由(笑)
Trackback(-) comment*0 | 分けられぬこと
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