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2007/09/12 (Wed) 03:56

生成り

ついこの間新学期を迎えたばかりなのに、気が付けばもう9月。
合宿が済んだらすぐ受験だよ…といつも言い続けているのだが、
まさかそんなに早くもないが、後半は確かに転がる石のように時間が過ぎてゆく。

ここから受験までが6年生の一番楽しい時だ。
ここを苦痛にしてしまったらずっとしんどいままだ。

受験生の親御さんはノンビリを嫌う。
そのまま人生の色んな局面もノンビリやりすごしてしまわぬか?と
不安なのであろうか。

私はそうは思わない。
人によって伸びる時期が違うのではないかと思っている。
誰にだって必ずチャンスは廻ってくるのである。
その時、指標を示してくれる先導者がそばに居てくれる子は幸運である。
ただし、それは受験指導に終始しない先導である。

何のために子ども育てるのだろうか?といつも考えさせられる。
詰まるところ、親はその老後の安寧を子どもに託すのではないだろうか。
面倒を見て欲しいというだけではなく、子どもが自分の世界を作ってゆく姿を見守る幸せである。

そんな関係を築きたいならば、自ずと子ども時代の接し方が決まってくるように思う。
嫌な役は他人にさせればよい。

クマがよき理解者でお母さんが“対岸”にいては拙い。
しかし、そうなってしまった人、なりそうな人が、残念だが居る。

気の毒な人を見て、放っておけない人。
私はそんな当たり前の感情を持った子を育てたい。
それなくして、何の意義が受験にあるのだろうか。

そういう情の教育が、学校からリリースされたものに見えてこないことが怖い。
執拗に言う。
受験など教育の全てでは決してない。

是非、ここをわかって子ども達に対峙していただけないと、
じゃ、塾と予備校で良いじゃないか…と、なってしまう。

一日も学校に行かないで東大に合格した子が現にいるのである。
放課後生徒達は三々五々、塾に吸い込まれてゆく。

春、大学の実績が発表される。
その入れ物と中身の隙間が寒々しい。

生成りのまま、送り出したい。
Trackback(-) comment*0 | 分けられぬこと
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