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2007/10/25 (Thu) 02:04

任と信

塾だから時間割がある。
時々こんなもの要らないのになぁと思うこともあるが、
それは傲慢な考えであると自制する。

そんなことはどうでもいいのだが、時間割通りにやってくる子ども達。
不思議に曜日によって空気が微妙に違ってくる。
学年のカラーというものだろう。
これが中学生のクラスになっても継続される。

多人数のモンスター塾では個性的なクラスというのはありえないかもしれないが、クマ塾のような極少人数塾では一人の子のもっているパワーが全体に与える影響は小さくない。

意見やリクエストがポンポンと出るクラス。
逆に指示を待つばかりのクラス。
それは遠足などのイベントで効力を発揮するのだが、
実は勉強面にも水面下で大きく作用する。

6年生も後半になってくると単元学習を終えている。
授業で扱う教材に融通性が出てくる。
こんな時、“なぁ、クマ。○○をさせてくれい!”とリクエストがあると、
どれどれといった具合で子ども達の状態を見、んじゃ今日はそれいっとこか!となる。

そういう意味で6年生にとって時間割の強制力は落ちてくる。
でも“型大好き”日本人にはなかなか理解を得られないだろう。

例えば、問い合わせ電話が来るとする。
色々聞かれて(色々聞く人は塾生にはならないんだが…)、じゃ、時間割は?となる。
そんな質問責めの人に“うちには時間割はありません”なんて言うと
確実にそれで電話は切れるだろう。

強制の部分が少ないということは如何にレベルが高いかということを日本人は忘れている。
“任せる”ことと“信じる”ことほど難しいことはないようだ。
Trackback(-) comment*0 | 分けられぬこと
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