--/--/-- (--) --:--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Trackback(-) comment(-) スポンサー広告
2007/11/19 (Mon) 16:02

吉兆

今年は華の国からの食の安全を脅かすようなニュースが続々と入ってきて驚かされたのだが、いやはや倭の国もなかなか堂々としている。

食い物というものは手が代わると絶対に味は代わる。
あそこのおはぎは美味しいでしょ!って言われて流行る。
チェーン展開する。途端に味が落ちる。
美味いものを作って売ろうという『拘り』は、いつしかどうすれば無駄なく儲かるかという『経営方針』に変質する。

そこで消費期限とか製造年月日の偽装が出た。
さらに食材を誤魔化す。
まさか肉の変わりに段ボールは入れないにしても、
採卵鶏を地鶏と偽るなど消費する側には見破れない。
社会の授業で私はいつもブロイラーと採卵鶏について話す。
卵を産まなくなった採卵鶏はゴミとして捨てるんだよ。
この意味わかる?…と。
だから子ども達はこのニュースを見て、『あ、あれクマが言うてたことや。捨てるはずの鶏をブロイラーと誤魔化して使ってたたんや!』と見破っ…たかな?('-'*)

武士の一分ではないが、現代人はアレルギー体質の人が多い。
かく言う私もそうである。
皮膚がかゆくなったり、鼻がずるずる程度ならいいが、呼吸困難とか心臓発作とか、考えたら恐ろしいことが山ほどある。

しかし、この問題の根は食い物商売に携わる人間の倫理観のみならず、
日本という国の国情とか国民性を表す事象のように思うのである。
バレなきゃ何してもいい。
もしバレたら部下のせいにして過失で逃げればいい。

そういう謝罪会見を企画・指導するコンサルが居るというから驚くではないか。だから金を惜しんだ吉兆はあんなことになったわけであろう。

嘘は勿論いけないが、嘘がバレた後がさらにいけない。
ニホンジンは本当にゼロから再出発しなければいけないと私は思う。
その出発点は教育である。

ところが…。
続きは気が向いたらまた書くとしよう。
取り敢えず、教育=進学ではないという定型句を添えておくとしよう。
Trackback(-) comment*0 | 分けられぬこと
comment
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
profil
archive
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。