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2007/12/28 (Fri) 03:17

やり甲斐

子ども達にものを教える人間として一番うれしいことは、
解法がそっくりになったことを実感したときである。
あるいはその子の言葉の端々に自分の足跡を見いだした時である。

もっと嬉しいことは、クマの一言で進路が決まったなどと言われた時である。
ああしたら、こうしたらとはあまり言わないようにしている。
ただ、君はこういう長所を持っているから、それを磨き、活かせるこういう職業を目指したら?と言うことが多々ある。

先日から、高校1年生クンに盛んに勧めているのは、保父さん。
この君、小さい子に人気があるのだ。
こういうキャラは訓練ではなかなか身に付かない。いわば、先天性の能力である。
子どもが寄ってくる…。
それには子ども特有のアンテナが作用しているはずだ。

逆に言っても言っても助言を受け取ってくれぬ子も実は少なくはない。
例えば、算数を教えていたとき、あぁ、そういう暗算算数はやがて限界が来るよと言って聞かせたのに、直せなかった子。そんな子が数学も低迷していたら、“案の定…”と残念だ。

何故かこういう子は量をこなすことを嫌がらない。
調子に乗れば量は増やせる。
しかし、困るのは不調の時だ。

ものを習得するにはある程度の量は絶対に必要である。
しかし、量にあまり固執すると中身がおざなりになる。
そしていつしか、質より量を重要視するようになる。

子どもの時にこういうクセが付いてしまうと、実に詰まらん人間ができあがる。何でもいいから覚えるまで何回でもやれ!ということになる。

じゃぁ、お前のやりかたはどうなんだと聞かれると…。
私はひたすら待つ。出来るようになるまで、やる気持ちになるまで、待つ。

それじゃぁ、受験に間に合わない!と言われたら、
どの受験ですか?大学ならこの方が却って近道ですよ、と答える。

1番じゃなきゃ、同じではないか…最近そう感じるようになってきた。
1番を否定するのではない。しかし、6番のランクを5番に上げることに躍起になるよりも大切はことが他にたくさんあると思うのである。

子どもの時に潰してしまったら絶対に修復が効かない部分があるのだ。
今の親世代には、どうやらそれを理解できない人が少なくないようだ。
非常に怖い現象である。
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