2008/01/10 (Thu) 02:52

情けない話 (改)

胸を張って言えるような事ではないのだが、私の両親は私が小学生になったばかりの頃に離婚した。父親は養子縁組もしており、それは残しておいたので、夫婦別れだけしたという形だ。
子どもは全員母親が引き取った。
はっきり言ってどうしようもないオヤジであった。

幼稚園の年長組の正月。母親が盲腸になった。痛い痛いと冷や汗を掻いている。
しかし、父親は病院に行こうとしない。連れて行ってくれるようにせがんだ。
しつこくせがんだので突き飛ばされた。このオヤジじゃだめだと思い、裸足のまま外に飛び出した。

当時の正月と言えば、世間は死んように静まりかえっていた。
人通りも殆ど無い。
しかし、どうにかせねば…その一心で、私は道路の真ん中に両手を広げて仁王立ちした。
どれくらいの時間が経っただろうか。黒塗りの乗用車が私の前で止まった。
明らかに異常な子どもである。何かあると察知した紳士は、なんと私から事情を聞き出し
家に着いてきてくれた。
そして母を見るなり、オヤジを叱りつけ、そのまま病院に運んでいってくれた…。

これは私の幻だったんだろうか?私の中では、その黒塗りの乗用車は観音開きのクラウンということになってしまっている。

約50年前の話である。
敗戦後10年。日本はまだ癒えていなかったし、貧しかった。
しかし、人々の気持ちはささくれ立っていなかった。袖触れあうも多生の縁とか、遠くの親戚より近くの他人などということばが通用していた。

今は袖が当たったら、何?!とやる。
中にはぶつかるのがわかっていてわざと人の前を通過する馬鹿者が少なくない。
通過したと思ったら、キャスター付き鞄が持ち主の後を追いかけていて、
それに躓いた…なんてこともしょっちゅうある。

人の心がみな尖っている。
地球にやさしく…を合い言葉にして、やさしい振りをする前に人にやさしくするべきである。
文明が人にやさしくするのではなく、人が人にやさしくしなきゃいけない。

何が、どこで違ってしまったんだろう。非常におかしなことになっている。
会ったことにないニホンジンがたくさん居る。
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