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2008/03/17 (Mon) 21:56

詫びる

去年から、マスコミを通じて頭を下げる姿をよく見る。

不祥事、偽装、不適切…。
こういう場合、お詫び会見をプロデュースする企画会社があるという。
船場吉兆などはそれをケチったために叩かれたと聞いたことがある。

お詫びのコンサルタントか。詫びコンだな。

ニホンジンという民族はお詫びが好きである。

あんなに叩きに叩いた朝青龍。
正に勝てば官軍。
連日の勝利にあの不祥事はかき消された格好である。
尤も、どこか陰険な感じのする“白横綱”よりは、この“青横綱”の方が、まだマシかもしれない。

しかし、昨日の一番なんかを見ても、相手を土俵の外に突き飛ばしておいて
その直後にどうだ!と言わんばかりの表情。私にはその時つばを吐いたように見えたが
それは違うのだろうか。
謝ったから、すべてが帳消しになるとは私は思わない。
先に宮崎県知事のことをどこかで書いたと思うが、一度“ああいう不適切な事”をした人を
私は好きにはなれない。

人の口に入れるモノを嘘を付いて誤魔化す奴も同様である。
高い金を払って、あんな店を行き着けにしていた人がお気の毒様であるψ( ̄▽ ̄)ψ

詫びるということは、まず相手の怒りを抑える効果がある。
相手は刀を抜いて振り回している。
それを元の鞘にしまってもらうのである。

本当に悪いと思っているかどうかは、その後の言動で決まる。
同じような行為を繰り返せば懲りていないということになるのである。

今日、私はあることでクレームを言った。
起こっている不具合を責めたのではなくて、同種のことを何度も繰り返したからである。

そういえば、昔籍を置いた塾の上司が、部下に“痛快エブリデイ”に投書され、本社にTV局の取材が行ったという事件を聞いたことがある。
勿論、問題は瞬時に解消した。

しかし、その不適切な“先生”は今なお健在である♪(* ̄ー ̄)v

詫びるということは難しい。
人を信じるのはさらに難しい。
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