2008/04/06 (Sun) 04:15

私ら昭和の人間は、恥ということを担保に躾をされていた。
私は四人兄弟の末子だが、私だけが母子家庭育ちである。
母はよくこう言った。
『うちは母子家庭や。あんたが悪いことしたら、ほらみぃ!と畳みかけてくるで。やっぱり母子家庭の子はあかんなって。』これは私には随分効いた処方箋だった。

事実、小学生の頃にPTAの会長の娘と争い、むかっとして突き飛ばし、
そこへ先生がやってきて、裁定を下された。
“これやから母子家庭の子は嫌いや”と。
イマドキなら私の勝ちだが、当時は逆だ。
世の中、随分と不公平じゃないかと思ったものだ。
今日、クマ塾の下駄箱に踵を踏んづけたスニーカーがあった。
勿論誰のものかわかっている。が、敢えて、
“あ、踵踏んづけてるの、誰かなぁー?”って聞いてやった。
極ふつうにぼくのん、と返事が返ってきた。

“あのな、そんな靴履いて友達の家に行ったら、あー、◎◎くんちのお母さんの躾はなってないなぁ…”って、お母さんが言われるよと教えた。

教えながら、果たしてそんなことを思ってくれるお母さんは何人いるかだろうかと
一人で苦笑してしまった。

恥を忘れた豊かな民は、自分を律する術も苦労と一緒に捨て去ってしまった。

国を栄えさせるというのは100年単位の仕事ではないだろうか。
今どきの風潮を見ていると薄ら寒くなってくる。

それなりのポジションに座る“大人”の人は、そんなことは感じないのだろうか?

大学3年生の取り合いをしているようでは、期待が持てぬか。
“あなた、大学で何をしましたか?”って、3回生の秋に聞かれてどうするよ。

すらすらと答える学生と面接官のお約束は、どこぞの攻略本に載っているわけだ。

やばいな、この国。

恥の文化など蜃気楼さえ見えぬ。
Trackback(-) comment*0 | 自分のこと
comment
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
profil
archive