2008/04/30 (Wed) 03:13

ウルルン

私は、ウルルン滞在記という番組が好きだ。日曜はその後の情熱大陸までセットで見る。
それはさておいて。
ウルルンのホームステイの手配なんかがどうなってるかはこの際置くとして、
貧しい国に滞在した時の方が見ていて心が暖かくなることが圧倒的に多い。

自給自足しか生きる道がないような自然にお伺いを立てるような暮らし。
我々とは文字通り異文化である。
本当に日本は豊かになったのだと思う。

ところが、だ。
こういう国の人たちの方がどこか心が豊かで大らかなのである。
また“帰ってこい!”と口を揃えて言う。
“また会いましょう”ではない。
一週間居れば情もうつる。別れ際には涙もこぼすに違いない。
しかし、私はこういうのを見ていて、この番組のしていることは結構罪作りだなぁとも思うわけである。

彼らは普通に暮らしていれば、日本人なんかと知り合いになど絶対にならない。
そのフェンスを強引に乗り越えて、滞在者はやってくる。
貧しい暮らしの中で最大のもてなしをしてくれ、大切にしてくれる。

そんな様子が番組最後に流れるスナップ写真で見て取れる。

電気も電化製品もない。
パソコンやケータイやゲームなど持っての他という子ども達が居る。
今、日本の小学生はゲーム機がなければ遊べないかもしれない。
いや、少なくとも都会の子ども達はそうだろう。


教室にはバットもボールもないのに“野球しようか?”と誘ったら子どもが驚く。
紙とセロテープがあれば、バットもボールもできるんである。

去年、明日香に行った時は、B5の紙1枚で1時間遊んだ。
紙飛行機である。
誰のが一番長く飛んでるか?
誰のが一番遠くまで飛ぶか?
そんなアイデア、いくらだって出てくる。


人間は考える葦である。
機械に考えさせられる葦ではないはずだ。
ケータイゲーム機は視野を狭くする。このことで脳の働きが鈍る。
しかし、ケータイゲーム機は高らかに謳う。
“脳トレだ”と。“国語検定だ”と。
あのCMの窪田さんは好きになれない。

以上、ただの雑談ではある。
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