2008/06/13 (Fri) 03:32

暖衣飽食

私は司馬遼太郎の大ファンである。
しかし、だからと言って彼の作品すべてを好きであるとは言えない。

この度、胡蝶の夢を読破するのにとても時間が掛かった。
何故だろうと物語の中に入りつつもどこかの部分でその理由を探していた。
『後書きに替えて』でやっとわかった気がしたのである。

伊之助の影を追いかけたとあるのだが、それが見かけ、見失うところに、一読者としてのとまどいがあったかもしれない。

全く異質の現象だが、梟の城も苦労した。
この作品に至っては映像作品の力も借りたほどである。

さて胡蝶の夢。
作品の流れはもたもた感があったが、お陰でというか副産物として、江戸の階級社会あるいは日本人の近世から現代に至る国民気質の定着の理由がはっきりとわかった気がしたのである。

長く続いた平和と世襲制封建社会という基盤に則って、要は威張りの上下関係社会だとしれたのである。この公式で以て、日本社会を見れば現代でもその問題は容易に解けそうである。
大阪府知事と負の、いやいや府の職員がバトルしたという。
知事が打ち出した人件費削減を理不尽だ、お前はたくさんもらってるくせにとこの職員はやってしまった。バカである。本当にやめなきゃならなくなるところまでヤクニンは一人称で喋ってはならない。
言い換えればこの職員には良心が残っているとも言える。

秋葉で無差別殺人が起きた。
いろんな奴がいろんなことを言う。私もそのいちにんである。
多分、ほこ天がどうのとか、ナイフがどうのとか、掲示板をもっと見張れとか、そんな対策が次々と出る。でも、こういう手の事件は今後増えるのである。
何故か?

大人が真の原因に気が付いていないからである。
食い物商売で嘘が横行し、田圃からはイネが盗まれ、腐った薬を作り置き、元首は国会で茶番劇である。根治治療がない。全てが対処療法なのである。

暖衣飽食。
現代日本は豊かになりすぎて、腐敗仕切った旗本八万騎に成り果てたのではないか。
日本人が今最も学ばねばならないのは哲学ではないだろうか。
それも小難しいものではない。人としての最低限の常識である。

人は何故人というか…。これに尽きる。

作品として大好きにこそなれないが、大きなものを見せてもらった気がする胡蝶…である。
以上は読後雑感ということで。
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