2008/06/17 (Tue) 14:28

執行

子ども達と対していていつもこれだけは…と心に決めていることがある。
それは、基準を一定にすることである。
進学塾なんてところはルールだとかエチケットだとか言っている場合ではなくて、ただただ合格させればそれでいいのかも知れないが、私はそうは思わない。
思わないからそういう所から辞したのである。

つまり、信賞必罰である。
社会の決まりは絶対に守るべし、守らせるべしなのである。それなくしては頭でっかちの狡猾人間になってしまう。お役所のキャリアにそういう手合いが多い。
いや、題意は役所の問題ではなかった。死刑執行だ。

今日、宮崎勤死刑囚が犯行から約20年近くの時を経て、やっと死刑になった。
私が思うにこの容疑者は、偏執狂の凶悪犯の走りのような気がしていた。
そして、もう一つ。異常でも何でもないくせに、その振りをして死刑から逃れようとする当節流行りの手法の走りでもある気がしていた。
やってしまってご免なさいで済むことと済まぬ事がある。
幼気な女児をいたずら目的で誘拐し陵辱の限りを尽くし、しかもその遺体の一部を親に送りつける。
確かに異常である。しかし、善悪の判断も付かぬ異常ではない。ちゃっかり無罪を主張する正常さは持ち合わせている。
だが、犯行時だけは異常だったという言う。
この度もまた精神鑑定を依頼し、ために刑の執行をせぬようにと弁護士から嘆願が出ていたという。

秋葉原の事件。容疑者は当初死ぬ気で犯行に及んだというような報が流れたが、警官に威嚇されるやあっさりとナイフを捨て、縛に下った。
そして、取り調べで反省の態度を示しているという。もう“次”を考えているのである。

決めつけてはいけないのだろう。
しかし、こんな身勝手は輩に未来ある成年や、何の罪もない熟年の方が命を奪われた。
たった2分くらいでトラックではね、次々とナイフで刺したという。
確かに正常ではない。こういう人間は異常である。

私は刑法を改定すべきであると思っている。
周到に犯罪の準備をし、犯行の隠蔽工作をした奴が心神耗弱なわけがない。

日本という国は過去の過ちで一部の国から恐れられているという。
とんでもない話である。犯罪者にとってこんな甘い国はない。
裁判で死刑が確定し、それを執行したら多すぎると批判させるのである。

怒りを忘れた国民になってしまったんだろうか。

そういえば、西欧諸国にとっては日本人は世界一お行儀の良い旅行者だという。
しかし、反面アジアではとても行儀が悪い旅行者に成り下がるらしい。
やれやれ、卑屈教育はまんまと成功していうではないか。
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