2008/08/27 (Wed) 02:51

馥郁(ふくいく) ~音楽夜話として~

60年代とか、70年代などという括りは好きではない。
が、そこには何かやはり共通するムーブのような流れがあったかもしれない。

60年代にビートルズを失い、私は呆然とした。
サージェントペッパーで置いてゆかれ、今度は致命的な放置だ。

70年代。ニューロックなるものが救ってくれた。
私は今クラプトンが好きだけれども、当時のクラプトンは好きではなかった。麻薬でぼろぼろだったからである。そんな奴の作る曲なんて聴いても響かないと思っていた。

エマーソン、レイク&パーマーなどという変なグループがいた。またイエスというグループもあった。
ブリティッシュロックである。今のようにUKなどとは言わない。ブリティッシュ。プログレッシブであった。この二つのグループのキーボードプレイヤーはクラッシックの畑で育ったらしい。だから時としてアドリブでクラッシックの曲を挿入したりする。遊びと言っては失礼だが、そういうことをステージでやっていた。 驚きは聴衆である。湧く、のである。クラッシックをちゃんと知っているのである。
大人達はロックを見下していた。しかし、大人の言う、堕落した音楽をやる連中の中にもちゃんと基本を身につけた者も少なくなかった。
日本の“アーチスト”と呼ばれる人の中でこんな遊びができる人がどれほど居ようか。
大衆音楽のレベルでも怪しいようなタレントが多いはずである。

私は若い人達にグラミーの授賞式などを見て欲しい。アメリカは今決して褒められた国ではないが、音楽に関しては裾野が広く、健全である。
何が健全と言って、売れる奴は上手いのである。ちゃんとした素養があって、その上にルックスも備わっているからスターなのである。

音楽とは馥郁たる香りの中で楽しむべきものかもしれない。
ケータイの画面を切り取ったようなプレイヤーでどんなに格好を付けたところで適いはしない。

本当は音楽にコンピュータは似合わないのかもしれない。
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