2008/11/09 (Sun) 03:06

ノートは綺麗に!…??

少し前に我が子のノートがやたらカラフルで一見“きれい風”になってきていることを発見した。
そして、同時に成績が下がるだろうと予感した。
的中である。

綺麗すぎるノート作りは作業なのである。
深い思考は停止あるいは徐行状態なのかもしれぬ。
もっと酷い時は、作業に“逃げている”とも考えられる。
我が子の場合はどれだろう。
“先生”に面談してもらってこようか。

ある学年で算数をしていた。
簡単な文章題である。
線分図を書いて考えたらいいよ。
…はい、こういう線分図ができるよね。で、この部分はいくらになる?
と発問した。当然図を書きながら返答できる質問である。だが反応がない。
いや、手は動いている。この場を写真に撮ったら熱心に勉強している風に撮れるはずだ。
しかし、思考回路は止まっている。
一人の子が図を書き上げて、始めて返答した。

…ながら勉強はいけない。しかし、こんな風にノートを書いている時に他のことが全くできないようになっても困りものである。

私はどちらかというと、ノートは最小限にメモる程度でいいという派に変わってきた。
しかし、完全にそれでずっといけるわけでもない。その塩梅は本当に難しい。
ただ、やはり大学受験という場で成功した子はノートはきちんとしている事もまた事実である。
暗算だけで算数を乗り切ってしまった子は、その後数学でこける事が多い。
しかし、綺麗すぎてもいけない。

永遠の課題である。
Trackback(-) comment*2 | 入試のこと
comment
おっくん #-
おひさしぶりでございます
御無沙汰しております。かろうじて息をしております。
『t大に通る子のノートは綺麗』ですね。
でもあれの大半は、最初は『書きなおしている』と聞きました。
『メモ』をもとに再度おこしているのだと…。
その際に書き込みも加えているのだとも聞きました。
それがそのうち現場で出来るようになるんだそうです。
気象通報を聞きながら天気図をダイレクトに描けるようになるのと同じようなものかもしれません。
ちなみに私も『メモ』派です。
2008/11/12(水) 15:36:12 | URL | edit
kuma #-
ありがとうございます。
最近の私のトークは一つ。『他人の頭使うな!。自分の頭と自分の体使って生きてゆけ!』です。イマドキっ子にはハードでしょうか('-'*)

メモがいいですよね。そして、家でじっくり“再現”する。これが勉強ですよね。
最近の子ども達の勉強方法の下手さは塾に因るところ大です。宿題は何故“宿”という字を使うのか?その辺から見直してほしいです。

形骸化上滑り社会ですね。怖い、怖い。
2008/11/12(水) 22:00:24 | URL | edit
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